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2018年3月20日

【書評&時事コラム】生きていた3月の風物詩

 先週末、近くのスーパーの日用品売り場で、青年とその母親とみられる2人が買い物をしていた。「洗濯する時は後で柔軟剤を入れるんだよ。入れないと衣類がゴワゴワになるからね」「水道の水でなく、お風呂の残り湯を使いなさい。そのためのホースがあったよね」。青年は、母親の教えに素直にうなずいていた。

c180320.JPG どうみても、初めて上京し、一人暮らしを始める学生(?)の親子。もっとも、近年は、日用品のすべてが備え付けのワンルームマンションもあり、スマホを使えば通販でなんでも手早く買える。昔のように、生活道具一式を事前にそろえる必要もなく、早い話、預金と当座のお金さえ持っていれば、新生活はスタートできるそうだ。

 それだけに、久しぶりに出くわした”古典的な”光景に、しばし胸が締め付けられた。もちろん、半世紀前の自分を無意識に重ねていたからだろう。田舎から出て来て、都会で一人生活を始めることの期待と不安。通信や交通などが飛躍的に発展した現代では、都会と地方の“距離”が消滅し、期待はともかく、不安などはなくなったと思っていたが、若い人に聞くとそうでもないようだ。

 卒業、進学、就職、異動、転勤。この時期に繰り返される毎年の恒例行事も、当事者にとっては人生の大きな転機になるかもしれない。新しい環境に早く慣れ、自分の夢や目標に向かって一歩を踏み出してほしい。そんな月並みなエールを、もう何年送り続けてきただろうか。(俊)

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