コラム記事一覧へ

2018年9月11日

【書評&時事コラム】『あの日のオルガン~疎開保育園物語』

若き保母たちの保育戦記

c180911.jpg著者・久保 つぎ子
朝日新聞出版、定価1500円+税

 

 戦時中の「学童疎開」はよく知られているのに対して、就学前の保育園、幼稚園の「園児疎開」はあまり知られていない。義務教育機関ではなく、戦前は数も少なかったためと考えられるが、実際に園児疎開はあった。本書はその貴重な記録だ。

 大日本母子愛育会傘下の都内の戸越保育所と愛育隣保館の幼児53人と、保母ら11人が埼玉県蓮田市の無住寺に疎開したもので、1944年11月から終戦の45年8月までの様子を描いている。東京都が園児疎開を始める半年以上前に、愛育会単独で始めた疎開だった。

 保母たちの苦労がどんなものだったかは、本書を読んでもらうしかないが、戦時下の食糧難をはじめ、保育に必要な環境とはかけ離れた疎開保育園の困難と闘う若き保母たちの行動力と苦悩が生き生きと描かれ、読む者を引きつける。

 本書は著者が戦後、保母らに丹念にインタビューし、1982年にまとめた『君たちは忘れない~疎開保育園物語』のリメーク版。来年、映画化されるためタイトルを変えたと思われるが、文中にオルガンの話が出てくるのはほんのわずか。全体の記述も、著者ののめり込みが激しく、必ずしもすっきりした構成にはなっていないが、豊富な取材を通じて描き出した疎開保育園は、そのまま強烈な反戦歌となっている。(俊)

PAGETOP