東日本大震災の発生から4カ月半が過ぎたが、被災地の復興は遅れが目立ち、福島第1原子力発電所の事故は収束の兆しさえ見えない。電力不足に見舞われた日本列島全体が不透明感の漂う酷暑にあえぎ、出口の見えない我慢を強いられている。その最大の原因が政治の混乱にあることは間違いない。26年前に来日して日中両国の政治経済を知るジャーナリスト、莫邦富さんに外国人の目から見た日本を語ってもらった。 (聞き手・本間俊典=経済ジャーナリスト)
―― 日本の政治の混迷が目立ち、震災後にそれが加速している感があります。日本の針路は大丈夫でしょうか。
莫 日本の政治については「種の退化」を感じます。国家というものも、自然の摂理に基づいて動くものですから。
平成に入ってからわずか23年の間に首相は15人も変わり、今また変えようとしています。平均して1年半にもならない政権に、どんな仕事ができるというのでしょうか。業を煮やした国民は2年前、自民党から民主党への政権交代を“許可”しましたが、退化現象は止まっていません。
震災で2万人を超える人々が亡くなったり行方不明になったり、多くの人が放射線被害で他地域へ疎開を余儀なくされているのに、政治家が議論に精を出すのは首相ポストの争奪戦だけ。被災民のことをどこまで真剣に考えているのか、首を傾げざるをえません。
―― 「無責任の連鎖」とでもいうべき現象が定着してしまった。
莫 私の好きな日本のことわざに「餅(もち)は餅屋」というのがあります。日本人はその道のプロを尊敬し、それ以外については発言などを控える良い意味の職人気質があります。それが経済発展の原動力のひとつになったと思います。「自分は何でもできる」と考えがちな中国人とは対照的です。
これに対して、嫌いなことわざは「和を以て貴しとなす」です。意外に思われるかもしれませんが、原典からはずれて無責任を覆い隠す言い逃れに使われているから嫌いなのです。
震災と原発事故は日本にとって「戦後最大の国難」と言われていますが、では原発を長年推進してきた自民党から真しな反省の言葉は出て来たでしょうか。反省どころか現政権への批判ばかりで、責任転嫁しか考えていない。だれも責任を取りたがらず、曖昧にしてしまうのです。
08年5月の中国・四川大地震の時、温家宝首相は発生翌日に現地入りし、余震の中でがれきに埋まっている被災民に「必ず助けるから頑張ってください」とメガホンで呼びかけました。「政府が責任をもって救助・復興活動にあたる」と現地は受け止めました。
政治のトップにはこうした姿勢が重要なのに、日本は誰も行かない。行ってもわずかな滞在時間で、現地から「修学旅行みたいだった」と皮肉られるようでは救いようがありません。未曾有の国難に正面から向き合う責任感というものが感じられないのです。
―― 1990年代のバブル崩壊から「失われた10年」「失われた20年」が過ぎ、日本全体が活力を喪失して元気をなくしてしまった。その反映とみることもできます。

多くの被災地でがれき撤去が進まない
莫 そうですね。長期低迷の間に、社会的な成功体験を持つ人が少なくなって、「頑張る」という強い意志力を持つ人がいなくなったように思われます。どこか「どうせ世の中には逆らえない」「努力しても仕方がない」という無気力がはびこって、社会全体の閉塞感につながっている。これは実に怖いことだと思います。
震災では実に多くの国・地域から被災地に義援金や支援物資が送られ、国際社会における日本の地位を改めて実感させられました。送る側にすれば、被災した方々に早く元気を出して、それぞれの復興に向かってほしいとのメッセージを込めているのだと思います。
それをきちんと受け止めず、政争に明け暮れる政治の姿は、支援の心を踏みにじるものでもあります。現政権が掲げている「生活優先」のスローガンが泣いています。 (次回につづく)
莫 邦富(モー・バンフ―)1953年、中国上海市生まれ。上海外国語大学日本語学科卒。同大学講師を経て85年に来日。95年に莫邦富事務所を設立。知日派ジャーナリストとして、政治経済から文化に至るまで幅広く活躍。日中地方自治体や企業コンサルタントも手掛ける。著書に『蛇頭』『「中国全省を読む」事典』など多数。最新刊は『莫邦富の中国ことわざ玉手箱』(時事通信出版局)。
【莫邦富事務所のホームページ】
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