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2016年6月 7日

<特別寄稿>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん

「同一労働同一賃金」についてー(2)

2 法制化の歩み――それは労働契約法の改正から始まった

is1606.jpg 投票総数132、賛成132、反対0。2008年12月19日、参議院本会議においては「期間の定めのある労働契約の規制等のための労働契約法の一部を改正する法律案」が全会一致(自公両党の議員は棄権)をもって可決される。5日後の24日に開催された衆議院本会議では、賛成少数によって否決されたものの、この法案により新設されることが予定されていた規定には、「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」について定める、現在の労働契約法20条に連なる、次のような条項が含まれていた。 

(差別的取扱いの禁止)
第16条の3 使用者は、有期労働契約を締結している労働者又は短時間労働者(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(略)第2条に規定する短時間労働者をいう。)の賃金その他の労働条件について、合理的な理由がある場合でなければ、通常の労働者と差別的取扱いをしてはならない。


  いわゆるねじれ国会におけるアクシデントとはいえ、翌2009年夏に成立した民主党連立政権のもとでは、一時的にねじれ状態が解消され、民主党や社民党が衆参両院で多数を占めた時期もあり、「同一労働同一賃金」の考え方を最もシンプルな形で表現したともいえる上記規定の新設を含む、労働契約法の改正案がそのまま現実になる可能性もあった。

 合理的な理由があれば、差別も許される。法学部で習う命題ではあるが、この命題が仮に正しいとしても、すべての差別=違いについて、合理的な理由が必要とされるわけではない(法律学でいう反対解釈は成り立たない注1)。世の中の出来事は、その多くが合理的には説明できないし、労働条件の違いも例外ではない。それを可能と考えることは自由とはいうものの、法律でこれを強制することは行き過ぎである。上記の規定が結局、陽の目をみなかったことは幸いであった。

 しかし、これで一件落着というわけにはいかなかった。労働者の味方を自認する与党、民主党と、労働者の敵といわれたくない野にあった自民党や公明党。来たるべき総選挙を前にして、民自公三党の間である種の妥協が成立する(注2)。2012年の労働契約法改正がそれであった。その結果、労働契約法は、20条で次のように定めることになる。 

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 
 さらに、2014年には第2次安倍晋三内閣のもとで、パートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)が改正され、次のように定める8条が新設され、もとの8条は一部改正の上、以下にみるように9条へと1条繰り下げられることになる。 

(短時間労働者の待遇の原則)
第8条 事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。 

(通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第9条 事業主は、職務の内容が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(第11条第1項において「職務内容同一短時間労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。

 
 労働契約法20条とパートタイム労働法8条。両者を読み比べれば直ちにわかるように、その規定内容にほとんど違いはない。パートタイム労働法8条の見出しが「短時間労働者であることによる不合理な労働条件の禁止」とされなかったのは、これに続く9条との関係を意識したものと思われる(注3)が、9条が限定された条件のもとにおける「均等」待遇の原則を定めたものとすれば、8条は「均等」とは性格が異なる「均衡」待遇の原則を具体化したものと考えると、理解が容易になる。

 ただ、このことを逆にいえば、パートタイム労働法の改正に併せて、労働契約法20条の見出しを「有期契約労働者の待遇の原則」などと改めることも検討されてよかったのではないか。そうした改正がもし実現していれば、同条の解釈が極端に走る妨げ=予防線ともなった(注4)。こう考えるのは、おそらく筆者だけではあるまい。

 その後、2015年には、派遣法の改正に前後して、次のように定める規定を含む「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律」が制定をみる。 

(職務に応じた待遇の確保)
第6条 国は、雇用形態の異なる労働者についてもその待遇の相違が不合理なものとならないようにするため、事業主が行う通常の労働者及び通常の労働者以外の労働者の待遇に係る制度の共通化の推進その他の必要な施策を講ずるものとする。
2 政府は、派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(略)第2条第2号に規定する派遣労働者をいう。以下この項において同じ。)の置かれている状況に鑑み、派遣労働者について、派遣元事業主(略)及び派遣先(略)に対し、派遣労働者の賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇についての規制等の措置を講ずることにより、派遣先に雇用される労働者との間においてその業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度その他の事情に応じた均等な待遇及び均衡のとれた待遇の実現を図るものとし、この法律の施行(施行日は2015年9月16日――注)後、3年以内に法制上の措置を含む必要な措置を講ずるとともに、当該措置の実施状況を勘案し、必要があると認めるときは、所要の措置を講ずるものとする。

 
 近い将来、労働者派遣法にも、労働契約法20条やパートタイム労働法8条と同趣旨の規定が設けられる。多くの者は、新法の6条2項からそう判断した。それがもはや既定路線であることは、以下のように述べる参議院厚生労働委員会(2015年9月8日)の附帯決議からも明らかというほかなかったのである。 

6、派遣労働者に関する均等な待遇及び均衡のとれた待遇の確保の在り方について法制上の措置を含む必要な措置を講ずるに当たっては、短時間労働者及び有期雇用労働者に係る措置を参酌して検討を行い、実効性のあるものとすること。また、派遣労働者の置かれている状況に鑑み、できる限り早期に必要な措置を講ずるよう努めること。

  

注1:法律学の世界における反対解釈の意義については、拙著『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版、2016年)1頁以下を参照。
注2:選挙対策を意識して行われる法改正は、とかくポピュリズムに走りやすく、問題が多い。労働者派遣法の改正(2012年)を含め、民主党政権の末期に行われた法改正には特にそのような印象が強い。
注3:見出し問題については、拙著『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社、2015年)296頁以下を参照。
注4
とはいえ、現実には逆に、パートタイム労働法8条についても、これを「不合理な労働条件の禁止」規定と言い換える政府答弁が行われるに至っている。例えば、2016年5月13日の衆議院厚生労働委員会における、坂口卓政府参考人(厚生労働省職業安定局派遣・有期労働対策部長)の答弁を参照。


小嶌 典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。
最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。

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