スペシャルコンテンツ記事一覧へ

2016年9月 5日

雇用は極めてタイトだが

個人消費はなぜ弱いのか

 雇用は過熱しているのに、個人消費は低迷が続く――。2016年前半の国民生活はそんな傾向が続いている。「デフレ脱却」を最大目標に掲げる政府は「雇用拡大→賃金増加→消費拡大」の好循環を狙っているが、関連統計を見る限り、思惑通りには進んでいない。その要因を探った。(報道局)

 まず、雇用情勢はタイトな状況が続いている。有効求人倍率は今年に入っても上昇を続け、4月以降は1.2倍台から1.3倍台に突入。6月からは全都道府県で1倍を超える空前の人手不足状態になっている。これを反映して、完全失業率も一貫して低下し続け、3%台という完全雇用に近い状態だ。加えて、近年は正社員と非正規社員が同時に増えているのも大きな特徴であり、子育て女性や高齢者の就労が増えているのが大きな要因とみられる。

is160905.jpg

賃金上がっても、なぜか個人消費は冴えない

 長年、マイナスが続いていた賃金レベルにも動きが出て来た。厚生労働省の毎月勤労統計調査では、賃金指数から物価上昇率を引いた実質賃金は、これまでのマイナス続きから16年度はプラスに転じる月が多く、春闘などの賃上げ効果が表れている。名目賃金は14年度からすでにプラス転換しているが、最近は、円高による物価上昇の抑制が実質賃金を押し上げている側面も大きい。

 日本経団連がまとめた春闘妥結結果では、今春の平均妥結額は約7500円(前年比率2.27%増)となり、正社員にとっては3年連続で2%台の賃上げとなった。政府が主導する「政労使会議」の場などで、企業側に大幅賃上げを要請した結果だ。同様に、この10月から実施される最低賃金も、今年は「平均3%、25円アップ」という過去最大の上げ幅によって平均823円となったが、こちらはパートタイマーなど非正規社員の賃上げにつながる。全ての労働者の賃金が徐々に増えていることは確かだ。

 就業者が増え、賃金も増えていることは間違いないが、肝心な個人消費は14年4月に消費税率を8%にアップして以降、低迷している。総務省の家計調査では、2人以上世帯の1人あたり消費支出は7月で27万8067円だが、物価変動の影響を除いた実質消費では前年同月比0.5%減だった。3月から5カ月連続のマイナスが続いており、「大幅賃上げ」が実現した割には家庭の財布のヒモは固いままだ。

見直し迫られる企業の人件費政策

 その要因として、まず、賃上げによる収入増に比例して、健康保険や介護保険など社会保険料の負担額も増えており、実質的な可処分所得は見掛けほど増えていない可能性があること。また、就労人口が増えてはいても、その中心は時給制で働く非正規労働者であり、賃金水準は低いことから、消費を活性化するほどのパワーには欠けることが考えられる。

 現代の企業は株価など短期的な指標に目を向ける傾向が強く、好景気で巨額の内部留保が積み上がっても、それを長期収益に結び付ける設備投資に向ける意欲は弱い。その一方で、ベースアップなど人件費の固定化を嫌って、業績に連動する一時金でしのいだり、雇用調整の容易な非正規社員に依存する傾向が根強く、労働分配率(利益のうち人件費に回る比率)はリーマン・ショック以降、適正水準とされる70%を下回ったまま推移している。

 逆にみれば、賃金を上げる余地はまだまだありそうだ。現在、政府が本格推進している「働き方改革」をきっかけに、企業側も人件費の有効活用を通じた労務管理を根本的に変える必要に迫られているとも言える。

 エコノミストの中には「賃上げには労働組合の役割が欠かせないが、労組の力が落ちているため、十分な役割を果たせていない」と指摘する声もある。また、「高齢社会下の社会保障の先行きが見通せず、それが個人消費の抑制に心理的につながっている」といった分析もあり、消費の弱さには複雑な要因が絡み合っていることが推測できる。
 

【関連記事】
7月の有効求人倍率は1.37倍の横ばい 厚労省(8月30日)

PAGETOP