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2016年10月10日

16年版「労働経済白書」から

生産性向上に「無形資産への投資」必要だが 

 厚生労働省が9月30日に発表した2016年版「労働経済の分析」(労働経済白書)では、労働生産性向上の課題を取り上げた。労働生産性の向上は日本経済の国際競争力を高め、経済成長を取り戻すカギとなるが、生産性を上げる具体策となると課題の多さが浮かび上がる。(報道局)

 白書によると、OECDの比較調査では、日本は名目、実質ともに労働生産性は30ドル台で、米国や英国を初めとする主要国と比べると、おおむね1.5 倍から2倍程度の差があり、水準も高い順にフランス、ドイツ、米国、英国、日本と主要国間では最も低い。しかも、製品やサービスの付加価値を高めて生産性を上げているわけではなく、デフレによる物価下落によって生産性が相対的に“上昇”したと分析し、中でも飲食サービス業の生産性の低さが際立つと指摘している。

 労働生産性を上げるには付加価値の上昇が必要であり、付加価値を上げるにはTFP(技術革新、生産・業務効率の向上などを含む全要素生産性)の上昇がカギとなる。具体的には①情報化資産(受注・パッケージソフト、自社開発ソフト)、②革新的資産(R&D、著作権、デザイン、資源開発権)、③経済的競争力(ブランド資産、企業が行うOFF-JTなどの人的資本形成、組織形成・改革)といった無形資産への投資が波及効果を持つとされる。白書は、デフレ期にこうした企業の無形資産への投資が手薄になったことが、日本の競争力を弱めた大きな要因になった点を示唆している。

 白書が、経済産業省の「企業活動基本調査」を使って社員1人当たりの情報化投資、研究開発費といった能力開発投資状況を指数化したところ、製造業を100とすると、卸売業は98で製造業と同じ水準だったが、小売業は43、飲食サービス業は11という低水準だった。

is161010.png 能力開発と生産性には国際的にも国内的にも一定の正比例の関係があるが、厚労省の2015年度「能力開発基本調査」によると、労働者自身がどの程度自己啓発を行っているかについては、09年度以降ほぼ横ばいで、正社員で約4割強程度、正社員以外で約2割程度と、正社員の方が自己啓発を行う者の割合が高くなっている=グラフ

 産業別の自己啓発の実施割合について正社員では学術研究、情報通信業で高く、小売業、生活関連業で低く、正社員以外もほぼ同様の傾向を示している。また、企業規模に関係なく正社員の方が実施割合は高いが、従業員規模が大きいほど、自己啓発を行っている人の割合が高いという傾向がみられる。

 産業間の円滑な労働移動には、労働者が必要な知識や技術を習得することが重要となるが、企業が行う教育訓練は特定の産業や企業のみで通用する能力を高めるものが中心となることから、他の産業へ移動する際に必要となる能力や労働市場全体で通用する一般的な能力については、自発的に高めることが必要となる。

 日本の場合、1980年代以降は労働生産性の高い分野に労働移動が生じることで労働生産性が高まってきたが、今後もその傾向を維持し、成長産業への労働移動を円滑に進めるには、企業が無形資産投資を充実させていくことが重要だと白書は指摘。さらに、働く側は自発的な学習や訓練を通じて、他産業へ移動する際に必要となる一般的な能力を自発的に高めることが必要だとしている。

自己啓発は大事だが「仕事が忙しい」「金が掛かる」

 しかし、企業現場の実態はそこまで進んではいない。「能力開発基本調査」によると、自己啓発を行った正社員の場合、実施方法は「ラジオ、テレビ、専門書などによる自学」が48%で最も多く、「大学、大学院などの受講」といった本格的なものはわずか1.3%にとどまっている(複数回答)。

 また、正社員に自己啓発の問題点を聞いたところ、「仕事が忙しくて余裕がない」が58%の最多を占め、「費用が掛かり過ぎる」(31%)、「家事・育児が忙しくて余裕がない」(21%)、「どんなコースが適切なのかわからない」(20%)などが続いた(複数回答)。

 社員の長期雇用を前提にしている企業にとっては、社員の自己啓発の結果、同業他社や他産業に移られては困るという本音もあり、ここにも戦後の「終身雇用」の影響が根強く残り、政府の目指す「失業なき労働移動」を阻害する要因の一つになっている。

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