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2018年3月 5日

労政審、「裁量労働制」「高度プロ」の議論で労使は何を主張したか

つまずく政府、国会は"入り口論"から抜け出せず

 8本の改正法案を束ねた「働き方改革関連法案」は、厚生労働省のずさんな労働時間実態調査の問題が広がり、政府は「裁量労働制の対象業務拡大」の部分を完全削除する。この方針転換は安倍政権にとって求心力に影響する大きな痛手だ。国会は、開会冒頭から野党が「裁量労働制」と「高度プロフェッショナル制度(高度プロ)」について“入り口論”で拒絶し、本質的な議論へ進む様子はみられない。感情論が必要な場面も否定しないが、制度として必要か否か、整備すべき課題はどこにあるのかに関する冷静な国会論戦は、国民が是非を判断するうえで不可欠だ。
 しかし、今回は「政府の大失態」が原因で、ここまで極めて”生産性の低い”国会となっているのも事実。これを端緒に、政策の進め方など、政権の体質をあぶり出したい野党の姿勢にも一定の理解ができ、「法案が正式に出てから充実した議論を」などと軽々に言えない状況だ。
 そこで、労働法制に関連する政府の会議体運営に関する問題点に加え、2013年から1年半にわたり、「裁量労働制」と「高度プロ」を主軸に議論してきた労働政策審議会・労働条件分科会について、当時の「労使の主張」を抜粋し、課題を考えてみる。(報道局)

成長戦略につながる「多様な働き方の実現」を旗印に会議体が乱立

 官邸の「議論の進め方と課題」が垣間見える事例を挙げておきたい。自民・公明が政権を奪還した2012年12月以降、安倍首相は官邸主導で経済財政諮問会議や産業競争力会議、規制改革会議(当時)を皮切りに、一億総活躍国民会議、働き方改革実現会議など直轄の会議体を“乱立”させ、成長戦略につながる「多様な働き方の実現」を旗印にアクセルを踏んできた。

 14年4月には、政府の経済財政諮問会議と産業競争力会議が「合同会議」を開催。雇用分野の「多様で柔軟性のある労働制度と透明性ある雇用関係の実現」に向け、新たな労働時間制度の創設を提唱し、具体的には「高収入・ハイパフォーマー型」(成果型賃金制度)などを打ち出した。

 高度な能力を持つ年収1000万円を超えるような社員をイメージしており、本人の選択に基づいて決め、過半数組合のある大企業から始める、との内容だった。容易に減らない長時間労働の是正と弾力的で多様な就労形態を設けるのが政府の狙い。第1次安倍政権時代(06年~07年)に「ホワイトカラー・エグゼンプション」として提案したが、「残業代ゼロ法案」との批判を浴びて断念した経緯がある。

 しかし、同時に類似のテーマで議論していたのが規制改革会議(現・規制改革推進会議)だ。規制改革会議は、(1)労働時間の量的上限規制、(2)休日・休暇取得に向けた強制的取り組み、(3)一律の労働時間管理がなじまない労働者に適合した労働時間制度の創設――をセットにした「三位一体の改革」について議論を重ねていた。法律改正となれば、最終的に公益・労働者側・使用者側の3者で構成される労働政策審議会の議論を経なければならない大原則を念頭に置き、労働時間の量的上限規制のように規制を緩めるのでなく逆に規制を設けることも意識。それだけに、自分たちの会合の3日前に「合同会議」が“突然”ぶち上げた提言に、当時の委員からは「(産業)競争力会議からは事前に何の連絡もなく、驚いた。帰着点を考えない提言のぶち上げなら苦労しない」などと、不満の声が漏れた。

 官邸は会議体の乱立をその時々の流れで上手く活用、コントロールしてきたつもりかもしれないが、真剣に議論に臨む識者からの反発も少なくなかった。雇用形態にかかわらず同じ仕事に同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」のあり方について検討し、いわゆる「ガイドライン案」を作成するために厚労省が16年3月に発足させた有識者検討会は、同年9月末まで現場実態を踏まえながら多面的な角度から精力的に議論を重ねてきた。しかし、同じ9月下旬に政府が「働き方改革実現会議」を立ち上げてからは、事実上、使命と主導権を奪われる格好に。実現会議でも策定を始めたガイドライン案が官邸筋からマスコミを通じて断続的かつ具体的に“先行報道”される状態が続き、同検討会と同会議の両者の存在と役割、関係性が分かりにくい格好になった。

 こうした中、官邸や内閣官房から議論の帰結を急かされたり、各種会議体委員の不満の“板挟み”になって奔走してきたのが、現在、矢面に立たされている厚労省だ。

労政審の発言から見えてくる制度の課題や必要性

sc180305.jpg 「裁量労働制」は、実際の労働時間に関係なく、労働者と使用者の間の協定で定めた時間だけ働いたと見なして労働賃金を支払う仕組みで、現在も「専門業務型」と「企画業務型」という範囲で運用されている。「高度プロ」は、労働時間ではなく労使で契約した仕事の「成果」で給与が決まる制度。政府は、「年収1075万円以上で、高度の専門知識が必要な業務に限定する」としている。

【「裁量労働制」と「高度プロ」に関する労使委員の主張や意見】
※発言は2013年9月27日~15年3月2日の労政審・労働条件分科会。アドバンスニュースの当時の現場取材記事からの抜粋であり、事後に審議会委員が修正を加えた公式の議事録とは一部表現が異なる場合がある。

≪裁量労働制≫
労働者側

・「裁量労働を含む質問に回答した4042事業所のうち半分は労働組合があるが、残り半分はない。制度の仕組みやルールをどこまで正確に把握して答えているか、慎重な分析が必要」
・「労働条件の切り下げにつながりかねない」
・「裁量性を口実に労働時間が無制限になる懸念があり、裁量性のない労働者にも労働時間規制の網が掛からなくなる恐れがある」
・「労働時間を自身で配分できると言えば聞こえは良いが、実態は長時間労働の温床になる。範囲を広げると際限なく仕事が増え、過労死につながりかねない」
・「労使委員会の協議を経て決定するとはいえ、労組のない企業も多く、労働者代表の決め方に大きな問題がある以上、慎重にならざるを得ない」

使用者側
・「働き方が多様化しているにもかかわらず、制度が十分活用されているとはいえず、対象業務については労使の話し合いで決める仕組みを導入すべき」
・「裁量労働制は働く側にとっても柔軟性があり満足度の高い有益な仕組みだ。ただし、現状は企画業務と専門業務に限られていて対象範囲が狭く、手続きも煩雑で活用しにくいことが問題」
・「この制度で働きたいという労働者の潜在ニーズは大きい」

≪高度プロ≫
労働者側

・「安倍首相は“まずは働き過ぎの防止が最優先”と発言しており、成果型導入だけを目指した議論ではないはず」
・「競争力会議の議員構成が民間は経営者だけで、労働側は入っていない。ILOの(公労使)の三者構成の原則がないがしろにされており、そうした場で重要な制度変更が決められることに強い違和感がある」
・「過重労働の抑制を先行すべきで、それなしで成果型を導入すれば、さらなる長時間労働を助長しかねない」
・「残業代を削りたい企業側の意図が明白」
・「成果型に近い裁量労働制も見直すとしており、両制度はかなりダブっている。裁量制を見直せば済むことで、なぜ新たな制度を創設しようとするのか理解できない」
・「年収1000万円以上の歯止めがあると言うが、それは閣議決定の結果。将来的に、閣議で800万円、600万円と切り下げられる可能性はないと言えるのか」
・「そもそも労働時間規制は労働者の生命と健康を守るためにあり、それをはずす制度の導入には慎重であるべきだ」
・「仕事量の管理まで労働者側でできるかどうか、はなはだ疑問。年収要件にしても、閣議決定すれば下げられることになり、法律による労働時間の上限規制などを掛けない限り、長時間労働を助長することになりかねない」
・「労働時間の上限規制がない現状で、高度プロ労働制を導入すれば長時間労働を助長する懸念が強い。また、健康管理などは省令ではなく、法律そのものに盛り込んで強制力を持たせるべきだ」

使用者側
・「成果型に対するニーズは確実にあり、制度化する必要がある」
・「高度プロという成果型の働き方を望んでいる労働者がいる」
・「生産性を高めて国際競争力をつけるには、新たな制度を選択できるカタチが必要」
・「職種を限定するより、個人の希望によって選択できる制度の方がいいのでは」
・「企業の生産性向上を図り、労働者が新たな働き方を選択できるという意味で、導入は必要」
・「労働生産性を上げるために、働く選択肢を増やすことは重要」

 

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