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2019年1月11日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

労働法と法形式――最近の法改正にみる3つの問題ケース・3

2 短時間・有期雇用労働法――たった6文字の修正ですませた同一労働同一賃金ガイドラインの根拠規定 -(1)

 2016年6月2日、閣議決定をみた「ニッポン一億総活躍プラン」は、「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」に言及するなかで、次のように述べる。

 同一労働同一賃金の実現に向けて、我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、躊躇なく法改正の準備を進める。労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法の的確な運用を図るため、どのような待遇差が合理的であるかまたは不合理であるかを事例等で示すガイドラインを策定する。できない理由はいくらでも挙げることができる。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに意識を集中する。非正規という言葉を無くす決意で臨む。

iskojima.jpg プロセスとしては、ガイドラインの策定等を通じ、不合理な待遇差として是正すべきものを明らかにする。その是正が円滑に行われるよう、欧州の制度も参考にしつつ、不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備、非正規雇用労働者と正規労働者との待遇差に関する事業者の説明義務の整備などを含め、労働契約法、パートタイム労働法及び労働者派遣法の一括改正等を検討し、関連法案を国会に提出する。

 それは、政府のいう同一労働同一賃金の実現に向けた、労働契約法、パートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)および労働者派遣法の改正すべき方向が決まった瞬間でもあった。

 しかし、労働契約法は、そもそもが民法(同法に定める雇用契約に関する規定)の特別法として制定をみた法律であり、行政がその解釈運用のあり方を示すようなことは当初から予定されておらず、厚生労働大臣の定める指針に関する規定も、労働契約法には当然のことながら設けられなかった。

 つまり、期間の定めの有無による労働条件の相違が「不合理と認められるものであってはならない」とした労働契約法20条についても、それが労働契約法に定める規定である限り、「待遇差が合理的であるかまたは不合理であるかを事例等で示すガイドラインを策定する」ことには、どだい無理があったといえる。

 そこで、パートタイム労働法を、有期雇用労働者をも対象とした短時間・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)に改め、労働契約法20条については、同条をモデルとするパートタイム労働法8条に統合し、これを短時間・有期雇用労働法8条とする。さらに、その上で、ガイドラインの策定に関しては、厚生労働大臣による指針の策定権限について定めたパートタイム労働法15条1項を活用し、これを短時間・有期雇用労働法15条1項とする。

 結果的には、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」7条の定めるところにより、このような法改正が行われることになった。
 とはいえ、以下にみるように、8条については、統合に当たって、その規定内容がかなり大きく改められたのに対して、15条1項については、わずか6文字の修正(下線を引いた部分)にとどまることになる。

 

パートタイム労働法 短時間・有期雇用労働法

 (短時間労働者の待遇の原則)
第8条 事業主が、その雇用する短時間労働者の待遇を、当該事業所に雇用される通常の労働者の待遇と相違するものとする場合においては、当該待遇の相違は、当該短時間労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

【参考】労働契約法
 (期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 (不合理な待遇の禁止)
第8条
 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

 (指針)
第15条
 厚生労働大臣は、第6条から前条までに定めるもののほか、第3条第1項の事業主が講ずべき雇用管理の改善等に関する措置等に関し、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この節において「指針」という。)を定めるものとする。

2 略

 (指針)
第15条
 厚生労働大臣は、第6条から前条までに定める措置その他の第3条第1項の事業主が講ずべき雇用管理の改善等に関する措置等に関し、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この節において「指針」という。)を定めるものとする。
2 略

 

 では、「もののほか、」と「措置その他の」とでは、どこがどう違うのか。
 確かに、パートタイム労働法15条1項の場合には、「もののほか、」とあることから、同法6条から前条(14条)までに規定する事項については、「指針」に定めを置かないのがその立法趣旨であった、と読めなくもない。
 現に、2007年のパートタイム労働法改正を受け、新たに策定されたパートタイム労働指針、すなわち現行の「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針」(平成19年10月1日厚生労働省告示第326号)は、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(略)第14条第1項の規定に基づき」(注7)、この指針を定めることを明確にする一方、以下にみるように、同法に定めがなく、かつ、事業主が講ずべきと考えられる措置(その多くは努力事項)についてのみ規定するものとなっている。

 

注7:このように記した制定文は、その性格もあってか、「第14条第1項」が「第15条第1項」に改められないまま、現在に至っている。なお、2014年の改正文は次のように記しており、その全文を併せ読めば、誤解が生じることはない(ただ、改正文については、厚生労働省法令等データベースサービスに収録されたものを含め、それだけでは意味をなさない後段部分のみを抄録したものが多いことに注意)。
改正文(平成26年7月24日厚生労働省告示第293号)
短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の一部を改正する法律(平成26年法律第27号)の施行に伴い、及び短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成5年法律第76号)第15条第1項の規定に基づき、事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等に関する措置等についての指針(平成19年厚生労働省告示第326号)の一部を次のように改正し、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の一部を改正する法律の施行の日(平成27年4月1日)から適用することとしたので、同条第2項において準用する同法第5条第5項の規定に基づき告示する。

 

(つづく)
 

小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて計8年間、就業規則の作成・変更等、人事労務の現場で実務に携わる。
 最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『法人職員・公務員のための労働法 判例編』(同前)、『公務員法と労働法の交錯』(共編著、同前)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。月2回刊の『文部科学教育通信』に「現場からみた労働法」を連載中。近刊『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)第1部には、その既刊分を収録している。 


 

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