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2019年3月18日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

労働時間の状況把握は必須か(上)

 「働き方改革関連法」が4月から順次施行される。その中には、使用者(事業者)による「労働時間の状況把握」について定めた新設規定が含まれている。こうした中、関西外国語大学外国語学部の小嶌典明教授は労働時間の状況把握を一律に義務づけることに疑問を呈し、労働安全衛生法や省令を読み解くかたちでアドバンスニュースに寄稿した。2回に分けて連載する。次回は3月20日更新。(報道局)

1 はじめに――某国政府の「妙案」

iskojima.jpg インフルエンザの流行を阻止するため、某国の政府が「妙案」を思いついた。次の3つの要件をすべて満たす場合に、医師による診断を企業に対して義務づけるというアイデアがそれであった。
(1)体温が37℃を超える。
(2)風邪またはインフルエンザの兆候が認められる。
(3)医師による診断を求める本人からの申出がある。
 そして、(1)に関連して、企業には、従業員の体温測定が義務づけられることになった。
 だが、A社の従業員には、直行直帰の営業マンや在宅勤務の者が多く、体温測定に必要な費用もバカにならないため、できれば体温測定はパスしたい…。

 これと類似した問題に、今、人事労務の現場は直面している。医師による面接指導と関連した労働時間の状況把握がその難問である。
 労働安全衛生法に定めが設けられた以上、手を拱(こまね)いて何もしないというわけにはさすがにいかない。では、どうすれば良いか。

 問題解決の糸口を探るため、以下ではまず、法律(労働安全衛生法)とその規定を具体化した省令(労働安全衛生規則)を虚心坦懐に読むことから、検討を始める。とはいっても、法令を読むのは、小説を読むのとは違う。無味乾燥の見本ともいうべき、官僚の作文を読み通す忍耐を必要とする。このことを最初にお断りしておきたい。

2 医師による面接指導と労働時間の状況把握

 1972年に労働基準法から分離独立した労働安全衛生法には、医師による面接指導について、現在、次のような規定が置かれている(なお、労働安全衛生法にいう「事業者」とは、労働基準法にいう「使用者」に当たる。下線部は、働き方改革関連法の成立に伴って、追加・修正された部分(2019年4月1日施行)。枠内は、労働安全衛生規則の規定)。

 (面接指導等)
第66条の8 事業者は、その労働時間の状況その他の事項が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の2第1項)で定める要件に該当する労働者(次条第1項に規定する者及び第66条の8の4第1項に規定する者を除く。以下この条において同じ。)に対し、厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の2第2項・第3項、52条の3および52条の4)で定めるところにより、医師による面接指導(問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて面接により必要な指導を行うことをいう。以下同じ。)を行わなければならない。

 (面接指導の対象となる労働者の要件等)
第52条の2 法第66条の8第1項の厚生労働省令で定める要件は、休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が1月当たり80時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる者であることとする。(ただし書 略)
2 前項の超えた時間の算定は、毎月1回以上、一定の期日を定めて行わなければならない。
3 事業者は、第1項の超えた時間の算定を行つたときは、速やかに、同項の超えた時間が1月当たり80時間を超えた労働者に対し、当該労働者に係る当該超えた時間に関する情報を通知しなければならない。
 (面接指導の実施方法等)
第52条の3 法第66条の8の面接指導は、前条第1項の要件に該当する労働者の申出により行うものとする。
2 前項の申出は、前条第2項の期日後、遅滞なく、行うものとする。
3 事業者は、労働者から第1項の申出があつたときは、遅滞なく、法第66条の8の面接指導を行わなければならない。
4 産業医は、前条第1項の要件に該当する労働者に対して、第1項の申出を行うよう勧奨することができる。
 (面接指導における確認事項)
第52条の4 医師は、法第66条の8の面接指導を行うに当たっては、前条第1項の申出を行つた労働者に対し、次に掲げる事項について確認を行うものとする。
 一 当該労働者の勤務の状況
 二 当該労働者の疲労の蓄積の状況
 三 前号に掲げるもののほか、当該労働者の心身の状況

2 略(労働者の面接指導を受ける義務)
3 略(面接指導の結果を記録する義務)
4 略(面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために事業者が講じる措置について、医師の意見を聴取する義務)
5 事業者は、前項の規定による医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じなければならない。

第66条の8の2 事業者は、その労働時間が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の7の2第1項)で定める時間を超える労働者(労働基準法第36条第11項に規定する業務(注:時間外労働について法律上の上限が課せられない「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」)に従事する者(同法第41条各号に掲げる者(注:管理監督者等)及び第66条の8の4第1項に規定する者を除く。)に限る。)に対し、厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の7の2第2項)で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。
 前条第2項から第5項までの規定は、前項の事業者及び労働者について準用する。この場合において、同条第5項中「作業の転換」とあるのは、「職務内容の変更、有給休暇(労働基準法第39条の規定による有給休暇を除く。)の付与」と読み替えるものとする。
 

 (法第66条の8の2第1項の厚生労働省令で定める時間等)
第52条の7の2
 法第66条の8の2第1項の厚生労働省令で定める時間は、休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間について、1月当たり100時間とする。
 第52条の2第2項、第52条の3第1項及び第52条の4から前条までの規定は、法第66条の8の2第1項に規定する面接指導について準用する。この場合において、第52条の2第2項中「前項」とあるのは「第52条の7の2第1項」と、第52条の3第1項中「前条第1項の要件に該当する労働者の申出により」とあるのは「前条第2項の期日後、遅滞なく」と、第52条の4中「前条第1項の申出を行った労働者」とあるのは「労働者」と読み替えるものとする。

※ 読み替え後の準用規定
 (面接指導の対象となる労働者の要件等)
第52条の2
2 第52条の7の2第1項の超えた時間の算定は、毎月1回以上、一定の期日を定めて行わなければならない。
 (面接指導の実施方法等)
第52条の3(第1項) 法第66条の8の2の面接指導は、前条第2項の期日後、遅滞なく行うものとする。
 (面接指導における確認事項)
第52条の4 医師は、法第66条の8の2の面接指導を行うに当たっては、労働者に対し、次に掲げる事項について確認を行うものとする。(以下、略)

 第66条の8の3 事業者は、第66条の8第1項又は前条第1項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の7の3)で定める方法により、労働者(次条第1項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。

 (法第66条の8の3の厚生労働省令で定める方法等)
第52条の7の3
 法第66条の8の3の厚生労働省令で定める方法は、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。
 事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、3年間保存するための必要な措置を講じなければならない。


第66条の8の4 事業者は、労働基準法第41条の2第1項の規定により労働する労働者(注:高度プロフェッショナル制度の対象業務に従事する労働者)であつて、その健康管理時間(同項第3号に規定する健康管理時間(注:「対象労働者が事業場内にいた時間(略)と事業場外において労働した時間との合計の時間」)をいう。)が当該労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の7の4第1項)で定める時間を超えるものに対し、厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の7の4第2項)で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。
 第66条の8第2項から第5項までの規定は、前項の事業者及び労働者について準用する。この場合において、同条第5項中「就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等」とあるのは、「職務内容の変更、有給休暇(労働基準法第39条の規定による有給休暇を除く。)の付与、健康管理時間(第66条の8の4第1項に規定する健康管理時間をいう。)が短縮されるための配慮等」と読み替えるものとする。
 

 (法第66条の8の4第1項の厚生労働省令で定める時間等)
第52条の7の4
 法第66条の8の4第1項の厚生労働省令で定める時間は、1週間当たりの健康管理時間が40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間について、1月当たり100時間とする。
 第52条の2第2項、第52条の3第1項及び第52条の4から第52条の7までの規定は、法第66条の8の4第1項に規定する面接指導について準用する。この場合において、第52条の2第2項中「前項」とあるのは「第52条の7の4第1項」と、第52条の3第1項中「前条第1項の要件に該当する労働者の申出により」とあるのは「前条第2項の期日後、遅滞なく」と、第52条の4中「前条第1項の申出を行った労働者」とあるのは「労働者」と読み替えるものとする。
           ※ 省令案要綱から想定される規定(2019年3月18日現在、改正省令は未公布)

 

第66条の9 事業者は、第66条の8第1項、第66条の8の2第1項又は前条第1項の規定により面接指導を行う労働者以外の労働者であって健康への配慮が必要なものについては、厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の8)で定めるところにより、必要な措置を講ずるように努めなければならない。 

 (法第66条の9の必要な措置の実施)
第52条の8 法第66条の9の必要な措置は、法第66条の8の面接指導の実施又は法第66条の8の面接指導に準ずる措置とする。
2 略(措置の対象者)

  いささか引用が長くなったものの、これら労働安全衛生法の規定(全5条、「の2」等と枝番の付いた規定を含む)は、その全体が、同法66条の8の前に置かれた「面接指導等」を共通見出しとする規定ということになる。

 ここにいう「面接指導等」の「面接指導」とは、「問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて面接により必要な指導を行うことをいう」(労働安全衛生法66条の8第1項)。そして、その結果が、面接指導を行った医師からの意見聴取を経て、事業者の講じる「就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置」につながる(同条第5項)。そんな仕組みになっている。

 新設された労働安全衛生法66条の8の3においては、労働時間の状況把握が事業者の義務として規定されているが、当該義務があくまでもこうした「面接指導を実施するため」事業者に課されたものであることは、条文を丹念に読めばわかる。労働時間の状況把握とはいっても、一個の独立した義務ではない。このことを、まずは銘記する必要がある。

 また、高度プロフェッショナル制度の対象となる業務については、労働安全衛生法66条の8の4第1項に規定する医師による面接指導を実施するに当たって、労働時間ではなく健康管理時間が問題とされることもあって、労働時間の状況把握について定める同法66条の8の3も、これを対象から除外している(健康管理時間の把握については、労働基準法41条の2第1項3号に定めがあるが、ここでは問題にしない)。

 さらに、週40時間超の労働時間が1月に100時間を超える場合には、労働安全衛生法66条の8の2第1項を根拠として、また80時間を超え100時間以内の場合には、同法66条の8第1項をその根拠として、医師による面接指導が義務づけられる「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」(研究開発の業務)は、この高度プロフェッショナル制度の対象業務の一つでもある(労働基準法施行規則34条の2第3項5号を参照)。

 このような事情から、以下では、こうした高度プロフェッショナル制度の対象業務(研究開発の業務を含む)以外の業務に焦点を合わせて、検討を進めることとしたい。


(つづく)

小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて計8年間、就業規則の作成・変更等、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)があり、2019年2月に出版された最新作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)がある。
 

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