スペシャルコンテンツ記事一覧へ

2019年3月20日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

労働時間の状況把握は必須か(下)

3 医師による面接指導と就業規則の改正

iskojima.jpg 事業者は、その労働者が、次の3つの要件のすべてに該当する場合には、医師による面接指導を実施しなければならない。労働安全衛生法66条の8第1項については、同項にいう厚生労働省令の定めを含め、その内容をこのように要約することができる。
(1)休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が1月当たり80時間を超えていること(労働安全衛生規則52条の2第1項)。
(2) (1)の要件に加え、当該労働者に疲労の蓄積が認められること(同上)。
(3) (1)・(2)に該当する労働者から、面接指導の申出があること(労働安全衛生規則52条の3第1項)。

 しかし、大は小を兼ねるともいう。例えば、(1)の要件(1月当たりの労働時間)については問題とせず、(2)および(3)の要件(労働者に疲労の蓄積が認められ、かつ、当該労働者から申出のあること)さえ満たせば、医師による面接指導を実施するとすればどうか。このような場合にも、事業者は労働安全法66条の8第1項所定の「面接指導」実施義務を履行したことになる。そう理解して、何ら不都合はない。

 「医師による面接指導を行わなければならない」。このように規定する労働安全衛生法の定めは、以上にみた同法66条の8第1項、66条の8の2第1項、および66条の8の4第1項以外にも存在する。同法66条の10第3項の定めがそれであるが、同条は、以下にみるように「心理的な負担の程度を把握するための検査」、いわゆる「ストレスチェック」について規定したものとして知られる。

 (心理的な負担の程度を把握するための検査等)
第66条の10 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。
2 事業者は、前項の規定により行う検査を受けた労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、当該検査を行った医師等から当該検査の結果が通知されるようにしなければならない。この場合において、当該医師等は、あらかじめ当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を事業者に提供してはならない。
3 事業者は、前項の規定による通知を受けた労働者であって、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の15)で定める要件に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出たときは、当該申出をした労働者に対し、厚生労働省令(注:労働安全衛生規則52条の16)で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。この場合において、事業者は、労働者が当該申出をしたことを理由として、当該労働者に対し、不利益な取扱いをしてはならない。

 (面接指導の対象となる労働者の要件)
第52条の15 法第66条の10第3項の厚生労働省令で定める要件は、検査の結果、心理的な負担の程度が高い者であって、同項に規定する面接指導(以下この節において「面接指導」という。)を受ける必要があると当該検査を行った医師等が認めたものであることとする。
 (面接指導の実施方法等)
第52条の16 法第66条の10第3項の規定による申出(以下この条及び次条において「申出」という。)は、前条の要件に該当する労働者が検査の結果の通知を受けた後、遅滞なく行うものとする。
2 事業者は、前条の要件に該当する労働者から申出があつたときは、遅滞なく、面接指導を行わなければならない。
3 検査を行った医師等は、前条の要件に該当する労働者に対して、申出を行うよう勧奨することができる。

 4 事業者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の規定による面接指導の結果を記録しておかなければならない。
5 事業者は、第3項の規定による面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師の意見を聴かなければならない。
6 事業者は、前項の規定による医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じなければならない。
7・8 略(指針の公表および指導)
9 略(労働者の健康の保持増進等に関する国の努力義務)

 これらの規定をもとに、多くの企業では、「ストレスチェック」に関する規定が就業規則に設けられているが、これを「ストレスチェック等」に関する規定に改めることによって、次のような定めを就業規則に置いてはどうか。

 (ストレスチェック等)
第〇〇条 会社は、1年に1回、定期的に、従業員のストレスチェックを行う。従業員は、ストレスチェックを受けるよう努めなければならない。
2 前項のストレスチェックにおいて高ストレスと評価された従業員に対しては、その申出により、医師による面接指導を実施する。
3 前項に定めるほか、疲労の蓄積が認められる従業員に対しても、その申出により、医師による面接指導を実施する。
4 従業員は、前2項に定める申出を行ったことを理由として、会社から不利益な取扱いを受けることはない。

 医師による面接指導についていえば、労働安全衛生法の目的は、面接指導の着実な実施を図ることにあり、労働時間の状況把握そのものは、同法の目的ではない。だとすれば、上記のような規定を就業規則に置けば、それで十分ではないか。

 労働基準監督官が「事業場に立ち入り、関係者に質問し、帳簿、書類その他の物件を検査」することができるのも、労働安全衛生法においては、「この法律を施行するため必要があると認めるとき」に限られている(同法91条1項を参照)。そうである以上、監督官による立入検査の際に、就業規則の内容が検査対象となったとしても、上記の規定が問題視されるようなことはない。こういって、差し支えはあるまい。

 労働時間の状況を無理なく把握でき、かつ、状況把握に意味があるのであれば、そうすれば良い。そうした世界が現に存在することは、小職も否定しない。
 しかし、授業や会議の時間を除けば職場にいるとは限らない大学教員を始め、労働時間の状況を把握することが困難であり、かつ、状況把握に意味のない世界もある。そうした世界にまで、労働時間の状況把握を一律に義務づけることには大きな無理がある。
 労働時間の状況把握は必須ではない(注)。ときには、そう割り切って、知恵を絞ることも必要といえよう。

 

注)なお、研究開発の業務や高度プロフェッショナル制度の対象業務については、週40時間超の労働時間または健康管理時間が1月に100時間を超える場合には、それだけで医師による面接指導を義務づける(労働者に疲労の蓄積が認められることや、労働者からの申出を面接指導の要件としない)ものとなっている。しかし、労働時間や健康管理時間の長さを唯一の尺度とする、このような制度設計には大いに疑問がある。

(おわり)

小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて計8年間、就業規則の作成・変更等、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)があり、2019年2月に出版された最新作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』(ジアース教育新社)がある。
 

PAGETOP