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2019年3月27日

P・デ・ベール・アムステルダム大教授に聞く(下)

「労使の力の均衡崩れ、生産性が低下」

―― オランダの近年の労使関係と今後の課題については。

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(3月18日、東京都港区のオランダ
大使館にて)

デ・ベール氏 労使間の力の均衡が壊れてきました。企業側の力が強くなって、政策について労組側とはいちいち交渉せず、政府に直接話を持って行ったりしているので、労組側も交渉する意欲を失っています。

 これから改革のスピードを上げないと生き残りがむずかしいというわけで、経営者側は柔軟な働き方のできる制度をさらに推進しようとしています。正社員よりも臨時の有期雇用、オンコール(呼び出された時だけ就労)といった雇用形態を望んでいます。それに抵抗すると「保守的、20世紀の発想」と批判するのです。労組側にすれば、長期のしっかりした正規雇用を増やしてディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現させようと対立しているのです。

 双方のバランスを図るため、1999年に労働市場の柔軟性とパート労働者の保護を両立させる「柔軟性と保障法(労働時間調整法)」という法律ができ、契約年数や中断月数を含めて一定以上の労働期間を超えれば正規雇用に移行できるという内容を盛り込みました。フレキシビリティー(柔軟性)とセキュリティー(保障)を合体させた「フレキシキュリティー」という概念が柱になっています。

 ところが、経営側は法規制の範囲内でパート労働者をさらに増やし、正規労働者を抑制する姿勢を強めたことから、労組側は「法の濫用」と反発しましたが、法の解釈をめぐる両者のミゾは埋まっていません。労働生産性(注)が低下する大きな要因になっています。

―― では、21世紀の労使関係はどうあるべきだと思いますか。

デ・ベール氏 ワッセナー合意当時のような関係に戻るのはムリで、新しい時代に合った「合意」を求める労使関係を構築すべきでしょう。そのためには、現在は「力の均衡」が歪められているので、正しい形に戻さなければなりません。しかし、労組加盟者が40年前に比べて半減しています。組合員を増やすことが先決なのですが、今のところそんな兆候はなく、力の均衡を取り戻せる状況にはありません。

―― 日本は官民挙げて「働き方改革」を進め、長時間労働、過労死の撲滅に取り組んでいますが、どう思いますか。

デ・ベール氏 オランダでそうした状況を想像するのはむずかしいですね。オランダでは女性の4分の3、男性も4分の1がパート労働者です。フルタイム労働者でも週38時間労働で、残業してもせいぜい2時間程度。それでも「残業はストレスがたまる」と文句を言う人が多いようです。もっとも、逆に考えると、この2時間の間に仕事を全部片づければ生産性は高まりますが(笑)。日本とはかなり様相が違います。

 ただ、近年、オランダも労働生産性が低下傾向にあり、その分、労働時間を長くすることで補っている面もあります。パート労働の増加が低下の一要因と言われているので、今後は非正規雇用の規制が強まることも考えられます。

(おわり)
 

注:労働生産性 日本生産性本部によると、2017年の就業者1人あたりGDPはオランダが10万5091ドルでOECD36カ国中10位、日本が8万4027ドルで同21位。就業1時間あたり生産性はオランダが69.3ドルで8位、日本が47.5ドルで同20位。オランダは1980~2000年代は上位3に入っていたが、10年代以降は順位を下げている。日本は20位前後の“低位安定”が続く。
 

パウル・デ・ベール氏(Paul de Beer)1957年生まれ。エラスムス・ロッテルダム大学で計量経済学を学び、2001年アムステルダム大で経済学博士号取得。専門は労使関係、労働市場、格差、連帯・労働の価値について。

 

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