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2018年6月 5日

【書評&時事コラム】『息子が人を殺しました』

事件を増幅させるメディアの罪

c180605.jpg著者・阿部 恭子
幻冬舎新書、定価800円+税

 

 5月に新潟市で起きた小学2年女児殺人事件は、発生から1週間後に犯人が逮捕され、一件落着したかにみえる。しかし、被害者と加害者の自宅はわずか100㍍ほどしか離れていない“ご近所”であり、両者とも事件で負った傷は大きいはずだ。とりわけ、社会の批判にさらされる加害者の家族は、事件の後遺症に苦しみ続けることになる。

 日本では、加害者家族の置かれる状況は「悲惨」の一語に尽きる。本書はそうした家族を支援するNPO法人代表の執筆。生々しい事例を数多く紹介しており、加害者の家族が法的にも社会的にも保護されない実態が浮かび上がる。実際、家族が責任を感じ、あるいは絶望して自殺する例は後を絶たない。

 また、本書が鋭く指摘しているのは、無責任なメディアスクラム(集団的過熱取材)で、新潟の事件でも見事に当てはまる。事件から1週間というもの、報道陣が大挙して現場に来て近所の取材に押しかけ、犯人探しに熱中した。“犯人候補”が何人か挙がり、候補者の会社が否定談話まで出す始末。長野県松本市のサリン事件の教訓は、まったく生きていなかった。

 平和だった地区は大騒ぎとなり、犯人逮捕とともに一気に静かになった。しかし、事件現場の住民、とりわけ加害被害の家族にどれだけ迷惑をかけたか、メディアは真剣に自省すべきだ。メディアスクラムは、政府などの権力に対してはそれなりの力をもつ半面、一般市民に向けられると”凶器“にもなる。「知る権利」「報道の自由」といった大義名分や、特ダネ競争という業界事情を盾に、いつまで知らん顔を続けるつもりだろうか。本書は、メディアにとって事件報道の絶好の教科書になる。 (俊)

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