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2015年7月27日

<リポート>ニッセイ基礎研究所 生活研究部 松浦民恵さん

定年退職金の水準低下の背景を探る―③

退職金制度の成果主義化による定年退職金水準の低下

 2013年11月に、厚生労働省「就労条件総合調査」で、5年ぶりとなる退職金(一時金・年金)に関する調査結果が公表され、前回調査(2008年調査)に比べて定年退職金の水準が大きく低下していることがわかった。

 定年退職金の水準低下の要因としては、以下の3つの仮説(可能性)が考えられるが、連載3回目となる今回は、このうちの仮説2について詳しく述べることとしたい。

仮説1:企業年金再編と運用環境悪化の相乗効果
仮説2: 退職金制度の成果主義化の影響
仮説3: 高年齢者雇用安定法改正の影響

1・2000年代には大企業で退職金の点数方式が普及

 前回の連載では、企業年金再編の時期、とりわけ11年度末をもって廃止された適格退職年金の廃止・移行の時期が、運用環境が悪化した時期と重なったことが、定年退職金水準を低下させる形での退職金規定見直しにつながった可能性を指摘した。

 しかしながら、定年退職金の水準の低下は、適格退職年金の導入率が相対的に低い(08年調査では、「退職年金制度がある」企業の34.1%)1000人以上の大学卒(管理・事務・技術職)・高校卒(現業職)でも顕著にみられている(連載1回目の図表1)。また、1000人以上の大企業は、労働組合を有するケースも多いことから、企業年金再編にともなう制度内容の不利益変更も相対的に難しかったはずだと考えられる。そこで、1000人以上の企業における定年退職金の水準低下を説明するための別の仮説として、「退職金制度の成果主義化の影響」について考えてみたい。

 1990年代半ばごろから2000年代にかけて、多くの企業で年功的な賃金制度の見直し、行動や成果さらには役割に応じた賃金制度の構築が模索された。こうした動きを「成果主義化」と呼ぶとすれば、退職一時金についても、大企業を中心に「成果主義化」に呼応した見直しが図られた。具体的には、退職時の賃金をもとに退職一時金を算定する、いわゆる最終給与比例方式から、社員の毎年の行動や成果、さらには役割等に応じた点数を積み上げて退職一時金を算定する点数方式(ポイント制)への転換が図られた

 就労条件総合調査の調査票の定義によると、点数方式とは、「一般に点数×単価の形がとられ、職能等、級別に一定の点数を定め、これに在級年数を乗じて入社から退職するまでの累積点を算出し、これに一点当たりの単価を乗じる方式(持ち点方式)」を指す。つまり、企業在籍期間中の評価(どの級に位置づけられたか等)の積み重ねが、退職金の水準に反映される仕組みだといえる。

 もちろん制度設計時点では、トータルでみれば、点数方式への変更前後で退職金水準が同等になるように設計されていたと考えられる。しかしながら、2012年の定年退職者が、点数方式導入前よりも低い評価に位置付けられたとすると、定年退職金の水準低下につながった可能性がある。また、点数方式導入後の昇進・昇格の運用変更やポストの減少等が、結果として定年退職金を引き下げることになった可能性もある。

 13年調査で、退職一時金の社内準備を採用している企業について点数方式の導入率をみると、全体では19.0%だが、1000人以上の大企業では51.3%となっている。1000人以上の企業の導入率の推移をみると、08年調査と13年調査ではほとんど変化がないが、1997年から03年にかけては16.9%から35.9%へと、08年にはさらに55.2%へと大きく上昇している(図表1)。

図表1:1000人以上の企業における退職一時金算定基礎の変化

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注1:退職一時金の支払準備形態として「社内準備」を選んだ企業について。1000人以上の企業の「社内準備」の回答割合は、1993年が97.5%、1997年が98.6%、2003年が98.4%、2008年が95.9%、2013年が96.6%となっている。
注2:複数回答。
注3:時系列比較においては、2007年以前は調査対象が「本社の常用労働者が30人以上の民営企業」であったのが、2008年から「常用労働者が30人以上の民営企業」に拡大されていることに、留意する必要がある。また、1997年までは調査年の12月末現在、2003年以降は調査年の1月1日現在の状況についての回答である。
資料:厚生労働省「就労条件総合調査」より作成。

2・点数の低下の積み重ねが、定年退職金の水準低下につながった可能性

 点数方式の導入率が、08年調査と13年調査でほとんど変わらないことは、点数方式を07年から12年の5年間における定年退職金の水準低下の理由とすることと、矛盾しているように見えるかもしれない。また、低評価であれば年収水準も低下するはずだが、前述のとおり1000人以上の企業の55~64歳について、07年から12年にかけての年収水準の変化をみても、定年退職金ほどには下がっていない(連載2回目の図表1)。

 ただし、点数方式は毎年の積み重ねなので、03年調査あるいは08年調査で導入されていた点数方式のもとで毎年積み重ねられてきた結果が、12年の定年退職金の水準低下につながった可能性は残る。

 図表2は、大学卒(管理・事務・技術職)、高校卒(現業職)それぞれについて、定年退職金の分布を08年調査と13年調査で比較したものである。細い帯が08年調査、太い帯が13年調査で、いずれも一番上が第9・十分位数、一番下が第1・十分位数の値を示している。1000人以上についてみると、大学卒の分布の広がりはわずかに過ぎず、むしろ全般に低い水準に移動している。高校卒も大学卒と同様、全般に低い水準に移動しているが、分布についてはむしろ狭まっている。

 図表2:定年退職金の分布の変化

 この結果は、もちろん点数方式の導入の影響だけを示すものではないが、大企業においては、定年退職金の分布の拡大よりも、下方シフトの傾向のほうが顕著にみてとれる(つづく)

 

※: 実際には、点数の全てが成果的要素に紐づけられているわけではないが、点数のなかに何らかの成果的要素を組み込んでいる企業が少なくない。

 

松浦 民恵氏(まつうら・たみえ) 1966年、大阪府生まれ。89年に神戸大学法学部卒業、日本生命保険入社。95年にニッセイ基礎研究所。2008年から東京大学社会科学研究所特任研究員、10年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学、同年から同研究所主任研究員。11年に博士(経営学)。『営業職の人材マネジメント』(中央経済社)など著書、論文、講演など多数。


 

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