新聞やテレビ、雑誌などの媒体が、警察に逮捕された人物を「呼び捨て」にしていた時代があった。「容疑者」を付けるようになって約30年、世に中にすっかり定着しているが、呼び捨て時代を覚えている人はどのくらいいるだろう。「確かにそう言えば」と、思い出した人もいるのでは。
筆者が新聞社で事件・事故、関連する裁判を追う社会部を担当していたのは、1990年代半ば。80年代半ばに「容疑者」が使われ始めたので、小・中学校のころにテレビや新聞のニュースで「呼び捨て」を普通に受け止めていた。その後、就職して書き手側になったころには「容疑者」記述が絶対となっていた。それでも、まだ“導入”されて10年に満たない、というあたりだった。
そのため、当時の先輩の中には、容疑者と記述することにすんなり慣れない記者の姿も。テレビやラジオといった放送媒体とは異なり、最終的にはデスクや校閲の段階で容疑者を付ける「直し」を受けるため、大失態には至らずに済むのだが、「他に適切な言い方はないのかなあ」「違和感あるなあ」というボヤキを耳にしたこともある。
記者は、逮捕時(指名手配を含む)に「容疑者」、その後、検察が起訴したら「被告」、裁判所の判決後に有罪となって収監されると「受刑者」や「死刑囚」と記述することを学ぶ。取材と執筆の中で徹底的に頭と身体に叩き込まれるので、途中で変わると切り替えが容易でないことも分かる。もちろん、「容疑者」をやめて呼び捨てに戻せと言っているのではなく、「推定無罪の原則」が世の中に広がっていった変遷と現場の思い出だ。
そもそも、法律用語では「被疑者」。被害を被った「被害者」と見間違い、聞き間違いしそうな感じもするので「容疑者」の方が区別しやすいだろう。西暦ではなく、元号で時代を見てみると、昭和から平成にかけての変化なので、現在、30歳前後の人たちは判決が出ていない人を呼び捨てにしていた時代が信じられないかも知れない。当時、紙面を割り付ける整理部記者の先輩の中に、「この3文字を何度も繰り返すと、見出しと記事のスペースに支障が出る」などと、筋論ではない不満を言っていた人がいたような気もするが、すっかり昔話になった感がある。


















