労働市場を取り巻く環境変化
労働市場にAI(人工知能)が広がっている。職業紹介、求人メディア、スポットワークなどの雇用仲介事業者は、AIを活用した次世代サービスの開発に注力し、求職者は利便性向上に期待を寄せる。これまでの発想を凌駕するマッチング機能のなかには、雇用仲介事業者ごとにある役割の境界線をまたいだサービスも誕生し、「AI時代における労働市場の領域整理と新たなガバナンス」が必要となってきた。リクルートワークス研究所が設置した有識者会議「デジタル時・世代のマッチング研究会」で委員を務めた元労働政策審議会長で東洋大名誉教授の鎌田耕一氏に、労働市場を取り巻く環境変化や政府が進める労働市場改革の着眼点、来年にも改正議論が本格化する職業安定法を含めた法政策の課題について聞いた。
(聞き手=労政ジャーナリスト大野博司、撮影=中島弘人)
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デジタル時代の労働市場とマッチングの進化を深掘り
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大野 「デジタル時・世代のマッチング研究会」の報告書は、IT(情報技術)やAIがもたらすリスクと可能性について分析しつつ、新たな労働市場のガバナンスの方向性を提言しています。進化する雇用仲介事業とサービスに関する研究や議論は、これまでも厚生労働省や民間の研究機関などで展開されてきましたが、3月に取りまとめた今回の報告書はどのような位置づけとなりますか。
鎌田 2021年に厚生労働省が「労働市場における雇用仲介のあり方に関する検討会」を設置し、7人の有識者や専門家のなかで私が座長を務め、雇用形態や職業キャリアに対する意識の多様化、IT技術とグローバル化の進展など、労働市場を取り巻く環境変化に伴う法整備の課題を整理しました。検討会の報告書を踏まえて労働政策審議会が議論を深め、募集情報等提供事業者を主な対象とする22年10月施行の改正職業安定法へとつながりました。
しかし、その後もAIの台頭やスポットワークの拡大、プラットフォームの多様化など、この数年で市場環境は更に大きく変化しました。民間の研究機関であるリクルートワークス研究所の「デジタル時・世代のマッチング研究会」の報告書は、21年の検討会や22年の改正職業安定法を前提としながら、デジタル技術が高度に発展した現在の労働市場に合わせて法政策をアップデートしようとするものだと理解しています。
必要となるAIマッチングの検証
大野 AIを含む情報技術の進展は、労働市場をどのように変えていますか。
鎌田 求人・求職情報の収集、整理、提供のあり方は大きく変化しています。求人情報や求職者情報がさまざまな形で蓄積され、それがSNSなどを含む複数の経路から集められ、データとして求人企業へ提供されるようになりました。求人企業はそのデータを使って候補者を検索し、スカウトメールなどを直接送ることもできます。求職者にとっては、自分の特性や希望に合った求人情報が提示されるようになり、求人企業にとっては自社が求める人材と接点を持ちやすくなりました。AIやアルゴリズムは、こうした情報の整理や候補者検索、ニーズに合った募集内容の作成、求人のレコメンドなどマッチングの支援を自動化する可能性を持っています。ただし、AIが実際にどこまで適切なマッチングを実現できるかは、これから検証される部分も大きいと考えます。
重要なのは、求人・求職情報の収集から募集、応募、選考、採用、さらに採用後の人事管理までが、デジタル上で連続的に処理することが可能となっていることです。届出制の「募集情報等提供事業」と許可制の「職業紹介事業」という制度上の区分の境界線があいまいになり、これまでの事業区分だけで現在と近未来のサービスを十分に捉えられるのか、そこも問われていると思います。
現状、フリーランスは求職者保護の「枠外」
大野 雇用仲介を取り巻くステークホルダーについて、現状を丁寧に整理していきたいと思います。まず、仕事を探す側である求職者について、いま、法的にどのような課題があると映りますか。
鎌田 働き方の多様化に伴い「労働者以外の形」で仕事をする人が労働市場に増えています。代表的なのがフリーランスです。職業安定法は基本的に、労働者になろうとする人を「求職者」として捉え、保護する仕組みですが、現在は業務委託やフリーランスとして仕事を探す人も増えています。仕事を探しているフリーランスにとっては、最初から労働契約か業務委託契約かを厳密に区別しているとは限りません。22年の就業構造基本調査では、本業としてフリーランスを行う人が209万人、副業として行う人が48万人と推計されています。この層を「労働者ではないから」という理由で職業安定法上の求職者保護の枠外に置いたままでよいのかという問題があります。
24年11月施行のフリーランス法では、募集情報の的確表示などが定められましたが、労働者の募集採用に適用されている差別禁止の規定はフリーランスには適用されません。年齢や性別などを理由にフリーランスへの発注機会を不当に制限することをどう考えるかは今後の課題のひとつです。ただし、フリーランスを労働者と全く同じように整理すれば良いというわけでもなく、例えば、労働時間規制などフリーランス本人が必ずしも望まない保護もあり得るからです。保護を強めすぎることで、フリーランスの意向やメリットにズレが生じたり、発注者がフリーランスの利用を避けたり、かえって就業機会が減る可能性にも注意する必要があります。
研修制度やキャリア形成の「透明化」
大野 「求職者」には正社員希望から短期間・短時間希望などさまざまありますが、「転職」を希望している層にはどのような傾向がみられ、課題がありますか。
鎌田 転職者数は大きく増えているわけではありません。一方で、転職希望者、潜在転職者は増加していると見ています。転職理由として給与などの労働条件はもちろん重要ですが、自分に合った働き方をしたい、自分のスキルやキャリアを生かせる仕事に就きたいという意識が強くなっています。それにもかかわらず、転職希望者が実際の転職に踏み切れない背景には、転職先で本当に希望する仕事ができるのか、自分の経験やスキルが適切に評価されるのかが分かりにくいのが現実です。
日本企業は、職務を限定せず総合職として採用する慣行が残っているため、求人票に仕事内容が書き込まれていても、入社後の配置転換や仕事内容の変更可能性が広く設定されている場合があります。そのため、転職者にとって、入社後のキャリアを具体的に予測しにくい状況となっています。安心して転職できる市場にするためには、賃金や勤務時間だけでなく、仕事内容、必要なスキル、異動の可能性、研修制度などのキャリア形成の環境などを透明化する必要があると思います。企業と求職者の間でキャリアやスキルを語るための「共通言語」が、まだ十分に形成されていないと感じています。
一方で、求職者のなかには、短期・単発・短時間の働き方を希望する人も増えています。いわゆるスキマバイトです。かつては日雇いという特殊な働き方とみられていましたが、現在では、求職者にとって柔軟な働き方として、あるいは副業・兼業先として、企業にとっては人手不足の解決策として、一つの労働市場(短期・単発労働市場)を形成していると思います。
採用活動は直接的・継続的な関係性に変化
大野 次に、人材を採用する側である求人企業について聞かせてください。採用手法などに変化はありますか。
鎌田 求人企業が雇用仲介事業者に全面的に依存せず、自ら候補者を探して働きかけるという動きが広がっています。典型的なのがダイレクトリクルーティングです。企業が自社や仲介事業者が保有する求職者データを利用し、候補者へ直接スカウトメールを送り、応募を受けた後の選考も企業自身が進める方式です。従来のように職業紹介事業者に依頼し、候補者を紹介してもらうだけではなく、求人企業自身がマッチングの主体になっていく形です。
また、従業員から知人などを紹介してもらうリファラル採用も広がっています。かつての「縁故採用」とは異なり、現在は企業の正式な採用手法の一つとして活用されています。ただし、紹介してくれた従業員に支払う報酬は、支払方法が法令上制限されていて注意すべき点はあります。
加えて、退職者との関係を維持し、再雇用につなげるアルムナイ採用も手法のひとつとなってきました。退職者を「去った人」と捉えるのではなく、外部で経験を積んだ人材を再び受け入れるということに抵抗がなくなってきています。このように、仕事を探す求職者と人材を探す求人企業の関係は、一度の採用活動で完結するものではなくなり、直接的・継続的な関係性に変化しています。
多様化と高度化のなかで事業区分をどう整理するか
大野 求職者と求人企業の現在の動きや傾向が見えてきました。では、その間に立つ雇用仲介事業者にはどのような変化や進化が起きていますか。
鎌田 雇用仲介を担う主体とサービスが非常に多様化しています。従来は、職業紹介事業者や求人情報誌、求人サイトなど、専業の仲介事業者が中心でした。現在はSNSや検索エンジン、クラウドソーシングなどのプラットフォームが求人・求職情報を取り扱っています。SNSは必ずしもマッチング専用のサービスではありませんが、人と人とのつながりの中で求人・求職者情報が流通しています。また、本人が今すぐ転職したいと明確に表明していなくても、SNSなどの情報から潜在的な転職候補者として企業に認識され、スカウトを受けることもあります。
従来の職業紹介では、求職者が紹介事業者へ登録し、求人企業も紹介を依頼したうえでマッチングが始まるという構造でした。しかし現在は、求職者として明確に登録していない場合も含め、仕事との接点が生まれるようになっています。また、仲介サービスも、単なる求人情報の掲載や候補者紹介にとどまりません。募集計画の策定、求人票作成、応募者管理、選考までの採用業務の一連のプロセスを支援するサービスも広がっています。この多様化と高度化を既存の事業区分でどう整理するか、新たな整理視点を加えるのか、法政策上の大きな課題となります。
(つづく)
【お知らせ】労政インタビュー(中)は、10月6日(火)に掲載します。
鎌田 耕一氏(かまた・こういち)1952年生まれ。中央大学法学部法律学科卒、中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了(法学修士)。釧路公立大、流通経済大の教授を経て東洋大法学部教授、現在、名誉教授。2019年から21年まで厚生労働省の労働政策審議会会長を歴任。このほか、労政審労働力需給制度部会部会長、「ハローワークの求職情報の提供に関する検討会」座長、フリーランス法の「就業環境整備」に関する有識者検討会座長、有識者会議「労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会」座長などを務める。
大野 博司(おおの・ひろし) 1970年生まれ。中央大学大学院戦略経営研究科(MBA)修士。日本新聞協会加盟の地方紙に入社、2004年に報道デスク歴任後、東京支社で国会取材兼論説委員。2010年に雇用労働の専門媒体・アドバンスニュースの設立に参画し、代表取締役(主筆)。日本外国特派員協会会員の労政ジャーナリストとして、NHKラジオ「Nらじ」などに出演して多様な働き方などを解説。労働法制と人材サービス企業の最前線で取材をこなす。






















