今年の日本は台風の当たり年で、甚大な被害と爪痕を各地に残している。8月半ば以降は、どの地域に住んでいても毎週のように台風や、それに伴う強い風に見舞われている模様だ。報道各社は、事前の避難呼び掛けと被災状況を伝えるのが重要な責務のひとつとなっている。
報道記者は、被災状況をつぶさに、かつ臨場感を込めて発信する“使命”にかられる。約20年前の社会部記者時代、台風だけでなく、地震災害なども含め、行政や消防が「危険エリア」としてロープなどで立ち入り禁止にしている奥に入り、撮影することも。カメラが壊れた、取材用社用車が水没したといった状況はまだ良い方で、不幸にも命を失った先輩の話を聞かされたこともある。
最近は、海岸ぎりぎりの場所で防風にさらされながらの中継は「やり過ぎ」との批判や指摘もあって、露骨なものは見られなくなったが、ひとたび災害が発生すると各社ごとの「安全確保のための取材マニュアル」を忘れてしまい、“暴走行為”に走る記者も。この類は、テレビも新聞も同じだ。
そして、昨今、最も批判を受けているのは、被災者に対する無神経な取材だ。声の掛け方、あるいは伝えるための語彙(ごい)に乏しいのか、明らかに住家を失って愕然としている人たちに、手あたり次第に状況と心境説明を強要している姿も。取材班の車両や機材が、救助の邪魔になっている光景も見られる。
筆者が新聞社の社会部時代の事を思い起こすと、必死で取材する姿勢は否定しないが、乱暴な取材が被災者を傷つけたり、神経を逆なでしたりすることもあるという事実は、肝に銘じておくべきだろう。そして、災害報道を見聞きする読者や視聴者も、取材手法に眉をひそめていることが多いことも。発信する側がパニックになってはいけないのが鉄則だと感じる。


















