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2016年11月 5日

アドバンスニュース「報道局だより」32・民事裁判の取材に感じること

 報道媒体にとって、取材対象の重要なひとつに「裁判取材」がある。社会部の範ちゅうに司法を含める媒体もあれば、一定規模の裁判所内に設けられている司法記者クラブに専任(司法)担当記者を配置する媒体もある。いずれにせよ、読者や視聴者に伝えるべき「重要な動きや判断」が下される場所と内容だけに、事案のポイントや裁判日程などをはじめ、日ごろから注力している。裁判には、刑事と民事の大きく2つあるが、本コラムでは民事に関して記す。詳述するスペースがないので、舌足らずな点はご容赦願いたい。

tayori.png 個人差もあるだろうが、筆者の経験から、総合的に取材(手法)が難しいのは民事の方だった。いずれも三審制だが、刑事裁判は逮捕から検察による起訴、裁判所の初公判から結審、判決までの流れと日程把握が比較的つかみやすく、判決は傍聴と併せて裁判所の主文を入手すると概ね的を外さずに整理できた印象がある。本体記事とは別稿になる、被害者やその遺族の取材は辛くて慣れることはないが。

 さて、民事は、担当する管轄の裁判所に記者が毎日のように足を運び、社会性のある訴えが起きていないか高くアンテナを張っていなければならない。刑事裁判とは違った意味で、その範囲は幅広い。国や行政を相手にした、報道業界の用語で言いう「マル行」もの。知名度の高い企業間同士による経済系の訴えや争い。また、主に労働者側が使用者側を何らかの理由と不服で訴える雇用・労働関係も注目される民事裁判となる。

 刑事裁判の場合は、媒体の日ごろの主張や思考が違っても、総じて判決に対して一定の見解と解説に帰着することが多い。しかし、民事は記者本人の問題意識もさることながら、媒体の「スタンス」によって、判決に対する見解に差異が出やすい。筆者は差異があることに違和感を抱いたことはなく、むしろそれが健全で、読者が複数のメディアの見解をどのように受け止めるか、良い機会だと認識している。ピント外れや知識不足の解説は論外として。

 ただ、報道の世界に身を置いていて、「おやっ」と疑問を持つことがある。例えば、雇用・労働関係あたりを例にとると、一審で自社媒体の「主張」に近い判決が出た際には肯定して「画期的、影響力が大きい」などと解説し、逆だと「焦点にズレ。判決の積み重ねが必要」などの表現を用いてかわす。二審(高裁)で逆転判決が出た時も同じだ。概ね同意の判決には、それを盾に国や自治体などの為政者に「判決を直視せよ」と迫るが、逆の場合は「判決に納得していない国民が多いと感じるが」という漠然とした投げかけ方をする傾向がある。

 民主主義と法治国家を声高に謳っているのが報道媒体なのだから、最近、その“使い分け”にはちょっと限界を感じている。さらに言うと、記者や論説委員が本当に記事化・発信したい見解を、その方向で主張する学者や有識者らの言葉を借りて「一方的な補完」をするのも如何なものかと。常識の範囲内とバランスについては、日々、筆者も自問自答している。
 

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