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2021年4月29日

小岩広宣社労士の「人材サービスと労務の視点」69・一日で退職した労働者への対応

Q 入社試験と数度にわたる面接を経て採用した正社員(中途採用)が、一日で退職しました。本人は当初やる気満々だったのですが、なぜか翌日から出社せず、「雇用保険の手続きは取らない」ことを申し出ています。どのように対応すべきですか。

koiwa1.png 新たに採用した正社員が入社初日で退職ということですから、採用担当者のみならず関係者は落胆されていると思います。会社が期待していた中途採用者ということですからなおのことですが、昨今では社会人経験が豊富な労働者でも同様な退職の仕方をするようなケースもそれほど珍しくはありません。一般論としては極めて無責任な態度といえますが、なるべく経歴を汚したくないという中途採用者の心理が働いているのかもしれません。

 労働者には職業選択の自由がありますから、入社初日といえども退職を申し出る権利はあります。入社時に誓約書などの提出を課していたとしても退職の自由を拘束することはできず、試用期間が設定されていたとしてもその期間中に退職することは妨げられません。原則としては民法第627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)の規定に従って2週間後には雇用契約の解約が成立することになります。今回のケースでは1日で退職ということですから、法律論としては契約の不履行について損害賠償などができる可能性がありますが、具体的には労働者を相手取ってそのような請求を行使するのは現実的ではないでしょう。

 「雇用保険の手続きは取らないでほしい」という退職者の申し出については、雇用保険法の考え方としては31日以上、1週間20時間以上の雇用の見込みがある労働者について被保険者に該当することになりますから、雇用契約書や雇入通知書で無期雇用契約の締結が確認できる正社員については、事業所が雇用保険の資格取得の手続きを行うことになります(雇用保険法7条)。この手続きを怠った場合には、法律上は6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられることになっていますが、(83条1項)、実際にはよほど悪質な事例でない限り適用されることはないとされています。これはあくまで事業所に対する規定ですから労働者(退職者)を拘束するものではありませんが、一定の雇用期間の見込みの者について被保険者資格の手続きを求め、それに違反する場合について罰則を予定している法律の趣旨は理解しておきたいところです。

 実際に数日で退職した労働者について被保険者資格取得の手続きを取ることもありますが、この場合ハローワークのデータベースに数日の在籍期間が職歴として残ることになるため、今後の転職などに備えて退職者が毛嫌いする傾向もあります。ハローワークの担当官によっては柔軟な対応をするような場面もあることから、一度管轄窓口に相談することをお勧めします。


(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)

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