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2020年5月19日

【ブック&コラム】カミュ再読

 以前、本欄で紹介され、幾つかの新聞でも取り上げられたアルベール・カミュの「ペスト」。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、パンデミックものの古典として取り上げられているのだが、遠い昔に読んだことがある。本棚をあさったら、出てきた。1970年に購入した新潮文庫で、200円!

c200519.jpg 紙は黄ばんでおり、活字も薄くて小さい。あちこちに鉛筆で線が引いてあり、コーヒーをこぼした跡やタバコの灰を落として黒ずんだ個所があちこちに。半世紀前の学生時代、下宿や喫茶店で夢中になってページをめくり、引き込まれていった不条理の世界がよみがえってきた。

 ところが、若い頃に線を引いて頭にたたきこんだカミュの理念や思想といったものより、今は主人公の医師をはじめとするさまざまな登場人物の人生を思い描く読み方になっている。自分でも意外だったが、かつて遠藤周作が「小説は人生を描くもの」と強調していた意味がようやくわかった。実に、遅い。が、この歳になってカミュの世界を"味わう"ひと時を持てたことは望外の収穫だった。続いて「異邦人」「カリギュラ」と、もう止まらない。

 そんな読み方ができるようになったのも、考えてみれば今回のコロナ禍のお陰、と言えなくもない。外出自粛の長期化でうんざりする日々も、悪いことばかりではなさそうだ。そんなことを考えていたら、女性の名前と電話番号を書いたノートの切れ端がはさまっていた。インクの文字が消えかかっている。えっと、これは誰だったかなあ......。(間)

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