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2018年4月10日

【書評&時事コラム】『さよなら、田中さん』

底抜けに明るい「貧困」家庭

c180410.jpg著者・鈴木 るりか
小学館、定価1200円+税

 

 本欄では原則として小説、詩歌などの文学作品は扱わないが、今回は例外。というのも、本書は“普通の”小説ではないからだ。著者は中学3年生であり、本書執筆時は小学4~6年生だった。それがなぜ、大人も引き込まれる小説を描けるのか、という素朴な疑問にかられたため。

 本書では「いつかどこかで」から「さよなら、田中さん」までの5部構成で、著者の小学生時代の原作に、後で書き下ろしを加えた。主人公は下町に住む母子家庭の小学女児で、母親が日雇いで働く貧困家庭に属する。そこで起こる身近な出来事を描いているが、ほとんどが話し言葉で、むずかしい漢字や語句は一切なし。それでいて、尋常でない語彙(ごい)力と状況説明のコミカル言い回しに圧倒され、読んでいて時間を忘れる。

 スーパーの売れ残り食品買い、銀杏拾い、自販機の小銭あさりなど、書き方によっては幾らでもレ・ミゼラブル式の貧困物語になるのだが、暗さや惨めさはまったくない。とりわけ、母親のキャラクターは秀逸で、現代の閉塞感を吹き飛ばすエネルギーに満ちている。なぜこんな世界観ができ上がるのか、正直不思議でならない。「まだ世の中を知らない子供だから」という、したり顔の解説も空しく響く。

 現代日本は文学に限らず、スポーツや芸術など多彩な分野で10代の若者が活躍しており、メディアも好んで取り上げている。それはそれで楽しみだが、若き日の「成功体験」が後々の人生の重荷にならないか、このまま豊かな才能を伸ばし続けられるのか、つい余計な心配もしてしまう。その意味でも、本書の主人公「田中さん」の10年後、20年後(評者が存命なら)の姿をぜひ読んでみたい。 (俊)

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