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2018年7月 3日

【書評&時事コラム】『童謡の百年』

「心のふるさと」はいつ生まれたのか

c180703.jpg著者・井手口 彰典
筑摩選書、定価1600円+税

 

 タイトルの通り、今年は「童謡誕生百年」の年に当たるという。それは、1918年(大正7年)に児童文学者の鈴木三重吉が「赤い鳥」を創刊し、新たな童謡が生まれるきっかけとなったため。おもしろいのは、その半世紀ほど前に明治政府が作った「唱歌」に対する批判が、大きな原動力になっていたこと。アンチ唱歌としての「芸術的な」童謡を目指したというのだ。

 確かに、「蛍の光」「仰げば尊し」などよりも、「かなりや」「赤い靴」「七つの子」などの方が親しみやすく、音楽的にも“凝っている”感じはある。しかし、時代の流れとともに、本来なら対立し合うはずだった唱歌と童謡が、ともに日本人の「心のふるさと」として愛され、歌い継がれるようになったのは、なぜか。

 本書はこの点について詳細な考察を加えており、「歌は世につれ」という俗な言い方がここでも当てはまることがわかる。とりわけ、両者が「心のふるさと」になったのは、戦後の高度成長期に唱歌・童謡を歌ってきた団塊の世代が過去を振り返り、懐かしい心の原風景を取り戻すためだった、との指摘はうなずける。

 「序章 深くて不思議な童謡の世界」から「終章 童謡と社会」までの9章で構成。専門的な分析も多く、軽い読み物ではないが、唱歌・童謡を通した社会文化史として読むこともできる労作だ。 (俊)

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