飲食や百貨店、行楽地などをはじめとするサービス業に従事されている人たちを除き、大半の国民は「春の大型連休」に入った。全国の主要都市部で働いている人たちは、それぞれの郷里(ふるさと)に帰省したり、逆に、田舎のご両親を現在住んでいる都市部に迎え入れたり、あちらこちらで微笑ましい光景が見られる。
この大型連休。一般的には商売のかき入れ時であり、休日の人には肉親と顔を合わせる最良の機会となる春の風物詩と言えるだろう。では、日ごろ、各分野で取材の最前線にいる記者や所属する新聞社・テレビ局は休みなのだろうか。取材先としている国会や各地方議会、金融・教育をはじめとする各機関が休みとなるため、「取材に行く」とはいかないけれども、記事は書かなければ紙面やニュース時間枠が埋まらない。
「連休で取材対象先が閉まっているので今日はなしで」なんて聞いたことがない。「毎日ご家庭に新聞を、放送を届ける」というスタイルを基本としているだけに、そんな言い訳は通らないのだ。特に新聞の場合は、何より購読料もきっちり頂戴しているのが、連休にできない「最大の決め手」なのだ。春の特番と銘打ってニュース枠を短くすることも出来ないし。
さあ、報道機関を取り巻く背景のさわりが見えてきたところで、「とすれば、記者はどうするか」という本題に。日ごろに比べて物事が動かないことを見越して、連休中の紙面・番組枠を埋める「事前取材の原稿」を記者一人あたり数本用意する必要に迫られる。普段はタイムリーな「即日記事化」を主体としているが、この時期に限っては、日常取材の中できっちり書き足りていなかった事象や、忙しさにかまけてたまっていた統計もの、通常は20行ほどに圧縮している原稿を100行にし、写真やグラフを付けて「ワイド」に仕上げる。
日ごろの記事と決定的に異なるのは、「○○日、○○で」といった表記が軒並み消えている特性に気付くだろう。悪く言えば「鮮度に欠ける」、良く言えば「読み物として掘り下げている」とも言い換えられる。こうした原稿を業界では「缶詰原稿」(いつ紙面化してもよい柔軟性のある記事)と呼び、現場記者はデスクから「缶詰原稿を○本出さないと連休はないぞ」と発破をかけられる。
勘のいい記者は、4月冒頭から春の自分の連休獲得にも備えた「缶詰原稿」を頭に入れながら日頃の取材を始める。たかが「缶詰原稿」、されど「缶詰原稿」。なんか、いつもより全体的に新聞の厚みが薄いなあ、と感じる人もいるかも知れないが、そこのテーマは別の「報道局だより」に譲るとして、大型連休中の缶詰原稿の「稚拙さ」あるいは「深み、課題の問い掛け」の差を読み比べるのも、連休の楽しみ方のひとつにされてはどうでしょう。






















