「あの人は肝心な質問に答えない」、「記者会見を何だと思っているんだ」――。閣僚や知事をはじめとする首長、場合によっては官僚や警察幹部らの会見終了後に、こうした言葉をはく記者がいる。ちょっと怒った様子で、「これじゃ記事が書けない」とぶつくさ。20代とみられる若手に多いように感じる。そうした場面に触れるたびに、「当たり前だろ、公の会見場で底流や舞台裏、フィクサーの名前を聞けると思っていたら大間違いだ」と、他社の記者ながら“教育”したくなる。
日ごろから物事の背景に迫る取材や裏取り、人脈を構築する努力をしていないから「書けない」のであって、会見の主が一方的に悪い訳ではない。むしろ、自分自身にプロの記者として「足らざる要素」が多い事実を恥じて反省すべきだろう。その努力を棚の上にあげて文句を言うようでは、読者や視聴者に真実に迫る情報、知る権利に応えられるはずもない。
最近の例として、選挙の立候補予定者の記者会見でみると、公約や決意などを披露したい候補者に対して、「誰の後押しで出馬を決めたのか」、「直近で会った政党幹部と選挙参謀を聞かせて」――といった底流の質問だ。一般的には「核心に切り込む投げかけだ」と感じる人がいるかもしれないが、これらの類の問いは愚問で、会見場でない場所でしかるべき人か本人からつかみ、会見の記事と併せて読み応えのある記事をまとめるのが本筋で本質だろう。
もちろん、この本質の境地にたどり着くのは容易(たやす)くない。中堅以上の記者でも、いつもいつも背景を取材済みで臨める会見ばかりではない。ゆえに、「あす会見へ」、「近く発表へ」といった記事を書ける日ごろの精進が、若手ばかりでなく何年生記者になっても必要だと感じる。幾度となく臨んだ会見で思うのは、本当に背景と底流をつかんでいる記者は会見場で質問せず、他社の質問を悠然と聞いて情勢を俯瞰(ふかん)している、ということだ。当然、会見主と事前のやり取りがあったことなどを感じさせないよう、アイコンタクトも取らない。
記者側の足らざる分部をつづってきたが、若手記者に限らず怒りたくなる会見があるのも事実。典型的な例が、質問お断りの「一方的主張」(一応、会見という名目)と、ある項目に関して何を問うても「弁護士に一任したのでお応えできない」の一点張りで対応された時だ。会見に立つ側の人も、自分に都合の良い質問やインタビューばかりでないことを認識してほしいものだ。






















