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2020年4月28日

【ブック&コラム】『ペスト』

現代の「不条理」に一石

c2005_2.jpg著者・アルベール・カミュ
訳者・宮崎 嶺雄
新潮文庫、定価750円+税


 第2次世界大戦直後(と思われる)の北アフリカ海岸、アルジェリアの一都市でペストが発生したという設定。都市は封鎖(ロックダウン)され、閉ざされた空間、時間の中で市民らはどう行動したか。主人公の医師を中心に新聞記者、よそ者、犯罪者、下級官吏らが登場し、ペストに対する各自の闘いぶりを克明に描いた大作だ。

 ペスト発生直後の行政当局や市民の楽観ムード、伝染病の猛威で生じる市民の絶望や孤独、医師らに募る無力感など、新型コロナウイルスの感染拡大によって、先の見えない不安におののく現代人にぴったり重なる状況ではある。しかも、疫病の終息に市民が狂喜する描写の一方で、「ペストは眠っているだけだ」と結んだことから、後代のパンデミックを示唆した「予言書」扱いまでされている。出版社があわてて大増刷したのもうなずける。

 だが、本書を「パンデミックの傑作」と解釈するだけでは、あまりにもったいない。作者は戦時中の対独レジスタンス活動に加わっており、本書の主題はペストに象徴される戦争、天災、疫病など人間の努力では克服し難い、巨大な「不条理」にあえて立ち向かう人々の闘いを描いたものと考えられる。その「不条理」が現代でも大手を振って歩いているため、本書が色あせない理由になっているのであろう。

 本書は1960年代後半に翻訳され、当時、日本でも流行した「実存主義」論争の中で必ずと言っていいほど登場した作品だが、フランス語からの翻訳という事情もあり、必ずしも読みやすい日本語にはなっていない。だが、厳しい外出制限を余儀なくされているこの時期にこそ、じっくり読むには最適の書である。(俊)

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