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2022年5月26日

小岩広宣社労士の「人材サービスと労務の視点」124・「転職時の賃金変動状況」にみる変化

Q 転職時の賃金水準に変化がみられると聞きますが、実際にはどんな統計調査があるのでしょうか。

koiwa1.png ひと昔前まで、日本では一部の管理職経験者や高度技能者以外は転職しても賃金はなかなか上がらないという考え方が主流でした。昭和の時代のような終身雇用型のシステムはすっかり変貌したにせよ、とりわけ中高年以上の労働者の意識の中には、ひとつの職場に長く務めることが美徳であり、安易に転職することは憚られるというマインドがまだまだ根強いのかもしれません。

 転職したときの労働者の賃金水準の動向について調査したものとしては、株式会社リクルートが実施している「転職時の賃金変動状況」(リクルートエージェント)があります。この調査では、転職者の賃金が転職前後でどのように変化しているかという点に着目して、「前職に比べて賃金が1割以上増加した転職者数の割合」の変化が数字化されています。

 5月6日に公表された2022年1-3月期の数値によると、「前職と比べ賃金が1割以上増加した転職決定者数の割合」は32.6%で、調査が始まった2002年4-6月期以降の値で過去最高値を更新しました。この水準は、コロナ禍の拡大を受けて2020年1-3月期から大きく下がりましたが、2021年1-3月期には概ね従来の水準に戻り、2022年1-3月期は更に伸長を続けて過去最高値となりました。一般的に、前職(転職前)の賃金は時間外労働等の割増賃金を含むのに対して、転職後の賃金には通常はそれらが含まれないため、この数値は実態よりも低めの値となる傾向があるため、今回公表された数字はインパクトがあるものだといえます。

 「前職と比べ賃金が1割以上増加した転職決定者の割合」が高い職種としては、IT系エンジニア(36.0%)、機械・電気・化学エンジニア(28.3%)、営業職(31.8%)、事務系専門職(30.0%)、接客・販売・店長・コールセンター(38.8%)などが挙げられています。このような数値の水準がコロナ禍の影響による一過的なものなのか、何らかの構造的な変化によるものなのかは現段階では安易に判断することはできませんが、転職によって賃金が増加する人が増えているという数値結果は、これから転職を検討しようとする人への心理面での影響が生じると考えられ、長い目でみれば私たちの働き方・生き方をめぐるライフスタイルにも間接的な影響をもたらしていく可能性があるといえるでしょう。

 男女共同参画や女性活躍推進が国策として推進され、男性の育児休業取得が推奨される時代、「男性は仕事、女性は家庭」という古典的な性別役割が強いられる場面は少なくとも表面的にはあまり見られなくなりましたが、長年に渡って培われたマインドが瞬時に転換することはなく、実態として男性が主な働き手として家計を支え、女性が主に育児や家事を担うという家族のあり方は、良くも悪くも今なお健在だといえます。そうした中で、転職への意識や取り組みなどが変化していくことが、もしかしたら従来の役割意識が変化していく兆しになるかもしれません。

(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)

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