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2015年6月 3日

<緊急提言>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん

「労働契約申込みみなし」規定―施行日の延期を―(3)

未解決の問題②――偽装請負とは何か

is1505.jpg 2012年3月7日、衆議院厚生労働委員会が「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案」(12年法案)を可決するに当たって行った附帯決議には、偽装請負の問題に言及した、以下の第3項が含まれていた。また、同月27日には、これとほぼ同じ内容の附帯決議が参議院厚生労働委員会においても行われている。

3 いわゆる偽装請負の指導監督については、労働契約申込みみなし制度が創設されること等も踏まえ、丁寧・適切に実施するよう改めること。
 労働契約申込みみなし規定が適用される「偽装する意図を持っているケース」を、具体的に明確化すること。併せて、事業者及び労働者に対し、偽装請負に該当するかどうかの助言を丁寧に行うとともに、労働者派遣と請負の区分基準を更に明確化すること。

 この附帯決議第3項の末尾にいう「労働者派遣と請負の区分基準を更に明確化すること」を受け、13年8月に発出された通達に「『労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準』(37号告示)に関する疑義応答集(第2集)」がある。

 当該「疑義応答集(第2集)」では、計15の設問に答えるスタイルがとられているが、特定の業務について回答したものが多く、例えば、冒頭にある問1の疑義応答の内容は、次のようなものとなっている。  
 

問1 通信回線の新規導入の営業の請負業務の中で、請負事業主が雇用する労働者(以下「請負労働者」といいます。)が、新規契約取得のための顧客開拓を行っています。請負労働者が、回線工事のスケジュールの情報を発注者に確認すると、請負でなく労働者派遣事業となりますか。


→ 請負(委任及び準委任を含みます。以下同じ。)の業務では、請負事業主が自ら業務の遂行方法に関する指示を行う必要があります。ただし、例えば、通信回線導入の営業業務を行う請負労働者から、請負業務に必要な範囲で、工事スケジュールについての問い合わせを受け、発注者が情報提供することに限られるのであれば、それ自体は発注者からの指揮命令に該当するとは言えないため、直ちに労働者派遣事業と判断されることはありません。
 一方、発注者が、工事スケジュールの情報提供に加えて、顧客への営業上の対応方針等を請負労働者に直接指示している場合は、労働者派遣事業と判断されることとなります。

 しかし、情報提供と直接指示は違うとはいっても、程度問題にすぎない。こうした通達の発出によって、労働者派遣と請負の区分基準が更に明確化になったということには無理がある。それが正直な感想といえよう。

 また、「請負(委任及び準委任を含みます。以下同じ。)の業務では、請負事業主が自ら業務の遂行方法に関する指示を行う必要があります」とはいうが、請負自体がこのように法令で定義されているわけではない(注3)

 少しでも発注者が労働者に指示を与えれば、派遣法上は、同法2条1号にいう「労働者派遣」となる。そうしたやや厳格にすぎるともいえる解釈をもとにした派遣と請負の区分から、このような考え方は生まれた。今後は、そこにメスを入れ、37号告示そのものを見直すことも、検討すべきであろう。

 なお、去る5月18日に、厚生労働省が労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会に提出した文書「労働契約申込みみなし制度について」も、こうした状況を変えるものとはならなかった。つまり、その内容は、以前に検討した4月24日付け文書の字句を一部修正したものにすぎず、附帯決議第3項にいう「労働契約申込みみなし規定が適用される『偽装する意図を持っているケース』を、具体的に明確化すること」との約束は、今もって果たされていない状況にある(注4)

 このような状況のもとで改正規定を施行するのは、やはり無謀という以外にあるまい。

 

注3:小嶌『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社、11年)177頁以下を参照。

注4:小嶌「派遣法の『労働契約申込みみなし制度』」(3)を参照。なお、上記5月18日付け文書が「いわゆる偽装請負等に固有の論点」について言及した箇所は、以下にとどまっている。
 「労働者派遣法等の規定の適用を免れる目的(以下『偽装請負等の目的』という。)で、請負契約等を締結し、当該請負事業主が雇用する労働者に労働者派遣と同様に指揮命令を行うこと等によって、いわゆる偽装請負等の状態(以下『偽装請負等の状態』という。)となった時点で申し込んだとみなされる。
 偽装請負等の目的の有無については個別具体的に判断されることとなるが、『免れる目的』を要件として明記した立法趣旨に鑑み、指揮命令等を行い偽装請負等の状態となったことのみをもって『偽装請負等の目的』を推定するものではない。
 また、請負契約等を締結した時点では派遣先等に『偽装請負等の目的』がなく、その後、派遣先等が受けている役務の提供がいわゆる偽装請負等に該当するとの認識が派遣先等に生じた場合は、日単位での役務の提供となっていない場合を除き、いわゆる偽装請負等に該当すると認識した時点が1日の就業の開始時点であれば当該日以降、開始時点より後の認識であればその日の翌就業日以降初めて指揮命令を行う等により改めて『偽装請負等の状態となった』と認定される時点において、『偽装請負等の目的』で契約を締結し役務の提供を受けたのと同視しうる状態だと考えられ、この時点で申込みが行われたとみなされる」。

 

 

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小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。最近の主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)等がある。『文部科学教育通信』に「続 国立大学法人と労働法」を、『週刊労働新聞』に「提言 これからの雇用・労働法制」をそれぞれ連載中。

 


 

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