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2020年9月15日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

「労働時間の通算」に異議あり― 改定された副業・兼業ガイドライン-2

1 百年の呪縛――工場法に始まる労働時間の通算

(1)工場法の通算規定

iskojima.jpg 1916年(大正5年)に施行された工場法(明治44年法律第46号)は、当初から3条に次のような定めを置いていた(下線は筆者による。以下、2~4においても同じ)。

第3条 工業主ハ15歳未満(後16歳未満―注)ノ者及女子ヲシテ1日ニ付12時間(後11時間―注)ヲ超エテ就業セシムルコトヲ得ス
② 主務大臣ハ業務ノ種類ニ依リ本法施行後15年間ヲ限リ前項ノ就業時間ヲ2時間以内延長スルコトヲ得
③ 就業時間ハ工場ヲ異ニスル場合ト雖前2項ノ規定ノ適用ニ付テハ之ヲ通算ス

 2項および3項にいう就業時間には、労働基準法にいう労働時間とは異なり、休憩時間を含む。また、3項の「雖」は「いえども」と読む。さらに、工場法施行令21条1項は、その一方で職工名簿の調製および備付を工業主に対して義務づけるとともに、同法施行規則16条に定める様式第2号は、このような幼年工および女工の「他工場ニ於ケル就業時間」についても、以下にみるように、これを雑欄に記載することを工業主に指示していた。

職工名簿記載心得【様式第2号】
七 雑欄ニハ[以下]ノ事項ヲ記載スヘシ
イ 女子及15歳未満(後16歳未満―注)ノ男工カ同一日ニ於テ他工場ニモ就業スル場合ニ於テハ他工場ニ於ケル就業時間(工場法第3条第3項)
ロ 略

 このような事情から、「工場ヲ異ニスル場合」とは、工業主が複数にわたる場合を含むとの解釈が支配的なものとなった。例えば、当時、工場監督官として工場法の施行に当たった吉阪俊蔵氏(後にILOの帝国事務所長等を歴任)も、次のように述べる。

 「就業時間は職工が同一日に於て工場を異にして就業する場合には、之を通算して原則を適用する。『工場を異にする』とは同一工業主の経営に属する場合と他の工業主の経営に属する場合とを含む。此場合には其旨職工名簿に記載を要するものであつて工業主は常に職工が他の工場に兼勤するや否やを注意せねばならぬ」(吉阪著『改正工場法論』(大東出版社、1926年)92頁)。

 ただ、このようにして就業時間が通算されるのは、あくまで工場法の適用を受ける幼年工や女工、いわゆる保護職工に限られ、女子および16歳未満の男子使用人を適用対象とした商店法(昭和13年法律第28号)や、16歳以上の男子職工を適用対象とした工場就業時間制限令(昭和14年勅令第127号)には、就業時間の通算について定めた規定は置かれなかった。

(2)労基法の通算規定

 (1)でみた経緯を背景として、1947年に施行された労働基準法(昭和22年法律第49号、労基法)は、38条で次のように規定することになる。

(時間計算)
第38条 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する
② 略

 とはいえ、労働基準法が使用者に対して調製を義務づけた労働者名簿(労基法107条、同法施行規則53条、様式第19号)および賃金台帳(労基法108条、同法施行規則54条、様式第20号・第21号)のいずれにおいても、もはや「他の事業場における労働時間」の記載が使用者に義務づけられることはなかった。

 にもかかわらず、労基法の施行に合わせて1947年9月1日に誕生した労働省は、早くもその数か月後には、工場法の解釈をほぼそのまま踏襲する形で、労基法38条1項にいう「事業場を異にする場合」とは使用者を異にする場合を含むとの立場を明らかにする。以下にみる労働基準局長名の通達=基発がそれである。

【事業場を異にする場合の意義】
問 本条において「事業場を異にする場合においても」とあるがこれを事業主を異にする場合も含むと解すれば個人の側からすれば1日8時間以上働いて収入を得んとしても不可能となるが、この際個人の勤労の自由との矛盾を如何にするか、又内職は差支えないとすればその区別の標準如何。
答 「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含む。なお内職云々についてはその内職を行う者と発注者との間に使用従属関係があるか否かによつて法の適用の有無が決定される。(昭和23年5月14日基発第769号)(注2)

 以来72年、その姿勢にいまだ変化はみられない。百年以上続いた工場法の呪縛は、そう簡単には解けない。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が次のように淡々と述べるのも、その証ということができよう(引用は改定版による)。

 「労基法第38条第1項では『労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。』と規定されており、『事業場を異にする場合』とは事業主を異にする場合をも含む(労働基準局長通達(昭和23年5月14日付け基発第769号))とされている」。


注2 2(1)および(2)のここまでの記述につき、小嶌「マルチジョブホルダーと労働法制」JIL調査研究報告書103号『労働市場・雇用関係の変化と法』(1997年)第2部第3章第3節を参照。


(つづく)


小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(アドバンスニュース出版)のほか、最近の著作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』、『現場からみた労働法2――雇用社会の現状をどう読み解くか』(ジアース教育新社)がある。

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