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2020年9月17日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

「労働時間の通算」に異議あり― 改定された副業・兼業ガイドライン-4

3 労働時間の通算が意味するもの②――通算を前提とした安全配慮義務

iskojima.jpg 「裁判例を踏まえれば、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である」。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は、改定前からこのように記していた。

 しかし、そこでいう裁判例とは、就業規則等による副業・兼業の制限・禁止と関わる事件の裁判例であって、裁判例を踏まえれば、逆の方向を目指すことが適当であると考えざるを得ないマターもある。安全配慮義務の問題がそれである。

 例えば、この点に関連して、改定後のガイドラインは、上記の引用部分に続き、総論的な考え方を示した後、次のようにいう(引用箇所は、3 企業の対応 (1)基本的な考え方の一部)。

ア 安全配慮義務
 労働契約法第5条において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とされており(安全配慮義務)、副業・兼業の場合には、副業・兼業を行う労働者を使用する全ての使用者が安全配慮義務を負っている。
 副業・兼業に関して問題となり得る場合としては、使用者が、労働者の全体としての業務量・時間が過重であることを把握しながら、何らの配慮をしないまま、労働者の健康に支障が生ずるに至った場合等が考えられる。
 このため、
・ 就業規則、労働契約等(略)において、長時間労働等によって労務提供上の支障がある場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができることとしておくこと
・ 副業・兼業の届出等の際に、副業・兼業の内容について労働者の安全や健康に支障をもたらさないか確認するとともに、副業・兼業の状況の報告等について労働者と話し合っておくこと
・ 副業・兼業の開始後に、副業・兼業の状況について労働者からの報告等により把握し、労働者の健康状態に問題が認められた場合には適切な措置を講ずること
等が考えられる。

 以上を要するに、副業・兼業についても、業務量や時間等の状況を労働者の届出や報告等を通じて使用者が把握していること(労働者の安全や健康に支障をもたらさないかの確認を含む)がまず大前提として必要になる。

 その上で、就業規則等において「長時間労働等によって労務提供上の支障がある場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができる」ようにし、「労働者の健康状態に問題が認められた場合には適切な措置を講ずる」ことが使用者には求められる。それが行政の基本的な考え方であるといってよい。

 確かに、安全配慮義務の問題は、裁判所のマター(義務違反の有無は、ケースバイケースで裁判所が判断する)であって、本来、行政が判断基準を示すことができるような問題ではない(法令によってその判断基準を示すことも、事実上不可能)。

 また、労働基準法や労働安全衛生法の解釈ならともかく、民法の特別法である労働契約法に定めが置かれている安全配慮義務について、一遍の行政通達(基発)をもってその解釈のあり方を示すことは、明らかに行き過ぎである。

 とはいえ、行政がこれだけいっているのだから、労働者の副業・兼業についてその状況を十分に使用者が把握していないような場合には、裁判所としても安全配慮義務違反を認めざるを得ない。そう裁判官が考えたとしても、不思議ではない。

 だが、世の中には、副業・兼業の時間等、その状況を把握することが困難な職種も少なくない。健康確保のための措置が必要というのであれば、労働者による疲労の蓄積が認められ、かつ、当該労働者の申出がある場合には、労働時間の長短にかかわらず医師による面接指導を実施するという方法もある(注5)

 副業・兼業についても、状況把握=労働時間の通算を一律に義務づけようとすると、どうしても無理が生じる。こうした現実を直視しないかぎり、おそらく問題は解決しまい。


注5 詳しくは、小嶌「医師による面接指導と就業規則の改正」(アドバンスニュース2019年3月20日掲載、同『現場からみた労働法2』(ジアース教育新社、近刊)311頁以下、321~326頁所収)を参照。


(つづく)


小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(アドバンスニュース出版)のほか、最近の著作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』、『現場からみた労働法2――雇用社会の現状をどう読み解くか』(ジアース教育新社)がある。

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