Q 年金制度改革法案のうち、被用者保険の適用拡大等については、具体的にどのような内容でしょうか。
A 通常国会で審議されている年金制度改革法案(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案)について、前回から解説しています。改正案では、具体的に以下のような内容が盛り込まれています。今回は、このうち、被用者保険の適用拡大等について触れます。
2.在職老齢年金制度の見直し
3.遺族年金の見直し
4.厚生年金保険等の標準報酬月額の上限の段階的引き上げ
5.私的年金制度の見直し など
今回の年金制度改革は、働き方・生き方や家族構成の多様化に対応し、現在の受給者、将来の受給者の双方にとって、老後の生活の安定、所得保障の機能を強化することを目的として提案されています。社会保険の適用拡大等については、制度改革によって社会保険に加入する要件をわかりやすくすることで、働き方が選びやすくなるとともに、現在は社会保険の加入要件に該当しない中小企業の短時間労働者などが、厚生年金や健康保険に加入することで、将来受けられる年金の増額などのメリットを受けられるようにすることが狙いです。
短時間労働者の社会保険の加入要件には、以下のものがあります。
②労働時間要件(週の所定労働時間が20時間以上であること)
③企業規模要件(被保険者数51人以上の企業に勤務すること)
④雇用期間要件(2か月を超える雇用の見込みがあること)
⑤学生除外要件(学生でないこと)
改正案が成立すると、これらうち、①賃金要件と③企業規模要件が撤廃されることになります。①賃金要件の「8.8万円」は、いわゆる「106万円の壁」の根拠であり、実際に多くの人から就業調整の基準額と認識されているため、この基準が撤廃されることで「106万円の壁」がなくなり、多くの短時間者が就業調整を気にすることなく勤務できるようになることが期待されます。一方で、最低賃金で週20時間以上勤務しても月額8.8万円に満たない地域では、実際に8.8万円未満の労働者が社会保険への加入を強制されることになり、矛盾に直面することになります。したがって、今回の改正案では、全国の最低賃金の引き上げの状況を見極めて、「公布から3年以内の政令で定める日」に廃止するとうたわれています。このタイミングがいつのなるのかは、実務的にも大きな関心になると思われます。
③企業規模要件の撤廃により、被保険者数50人以下の企業に勤務する短時間労働者も、他の要件を満たせば社会保険への加入が義務づけられることになります。「勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する」(社会保障審議会医療保険部会資料)というポリシーからは大きな前進となる一方、短時間労働者と企業の双方に新たな保険料負担が発生することになることから、経済的・経営的な観点からの懸念も根強く持たれているのも実際です。このような現状を踏まえて、改正案では、以下のように10年かけて段階的に対象企業を拡大していくことがうたわれています。
企業規模 | 51人以上 | 36~50人 | 21~35人 | 11~20人 | 1~10人 |
実施時期 | 現在の対象 | 2027年10月~ | 2029年10月~ | 2032年10月~ | 2035年10月~ |
さらに、改正案では、個人事業所の適用対象の拡大が盛り込まれています。個人事業の社会保険の加入要件については、常時5人未満の事業所は対象外とされ、常時5人以上の事業所の場合、いわゆる法定17業種は対象、それ以外は対象外とされています。このうち、常時5人以上の法定17業種以外(農業、林業、漁業、宿泊業、飲食サービス業など)について、2029年10月から加入対象とされることになります。ただし、ただし、2029年10月時点ですでに存在している事業所については当分の間、対象外とするとされていますので、改正法施行時点で存在している事業所の実態確認の方法なども含めて、今後の具体的な実務取り扱いを待ちたいものです。
企業規模要件の見直しによって新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者が増えることで、保険料負担の増加などによって手取りが減少し、経済的な問題に直面するケースも懸念されます。このような問題に対処するため、3年間、事業主が追加負担した社会保険料について、国などがその全額を支援する特例措置の実施が予定され、社会保険の加入にあたり労働者の収入を増加させる事業主への支援や、加入拡大に関する事務の支援、生産性向上などに資する支援が検討されています。これらの詳細は今後確定・公表されることになりますが、的確な情報取集と効果的な活用を目指していきたいものです。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)