変化する労働市場と法政策のあり方
大野 ここまで、現在の求職者と求人企業の変化や傾向、雇用仲介事業者の動向をみていくとともに、政府が推し進める「三位一体の労働市場改革」の基本理念を読み解いてきました。そのうえで、3月に取りまとめられたリクルートワークス研究所の有識者会議「デジタル時・世代のマッチング研究会」の報告書に戻りますが、報告書が提唱している「事業規制からサービス規制へ」というのは、どのような考え方に立つものですか。
鎌田 現在の職業安定法は、歴史的には職業紹介事業などを規制する事業法として積み上げられてきました。その背景には、戦前からの中間搾取、強制労働、弱い立場の労働者を保護する必要性がありました。仲介事業者を許可制で規制することによって、労働市場を健全化する考え方です。この考え方の基本線は現在も必要です。闇バイトや違法な風俗関係の職業紹介への対応では、実態として職業安定法の規制が有効に機能しています。
一方で、現在の労働市場では職業紹介事業者などだけでなく、求人メディア、SNS、検索エンジン、スポットワークサービス、デジタルプラットフォーム、求人企業自身など、多くの主体が様々なサービスを利用してマッチングを行っています。そのため、特定の業態や事業者だけを規制する方法では、市場全体を適切にコントロールしにくくなっています。今後は、どの業態に属するかではなく、どのようなサービス・機能を提供しているのか、そのサービスが求職者や求人企業へどのような影響を与えているかに応じて規制する必要があると考えます。これが「事業規制からサービス規制へ」という考え方です。
サービス規制としては、現行法でも雇用仲介における差別の禁止や労働条件の明示、個人情報の保護、秘密保持、募集情報の的確表示などのルールがありますが、加えて今後は、AIやアルゴリズムの公平性、透明性、説明責任、不当な評価情報への対応なども検討する必要があります。
大野 これまでの法規制で見直しが必要な部分もありそうですね。
鎌田 現在の事業規制のあり方で再検討すべきものがありそうです。それは、労働者供給事業を禁止した職安法44条です。これは、戦前において労働ボスが封建的な支配従属関係の下にいる労働者を供給し、中間搾取をしていた実態があったことから、労働組合による場合を除いて全面禁止したものです。現在、実態はかなり変化しているにもかかわらず、雇用関係があいまいなプラットフォーム労働に対してこの規定が問題となる場面も想定されます。禁止よりも、雇用責任を適切に配分する方向で議論してはどうかと思います。
AI活用の否定ではなく、責任ある利用を確保する仕組み構築
大野 AIやアルゴリズムへの言及がありましたが、それらの利用にはどのような課題がありますか。
鎌田 AIによる選考やレコメンドが広がると、差別が人事担当者個人の判断だけではなく、自動化されたシステムの中で生じる可能性があります。例えば、年齢の高い人より若い人を優先する、障害者を候補から外す、特定の性別を事実上優遇するといった結果が、アルゴリズムによって生じる可能性があります。AIが自動的に判断したように見えても、その背景には学習データや設計、入力条件、評価項目を決めた人がいます。しかし、求職者から見れば、なぜ自分が求人を提示されなかったのか、なぜ選考対象から外れたのかが分かりません。
そこで重要になるのが、「特定の属性を不当に排除していないか」「AIがどの個人情報を利用しているか」「重要な判断について説明できるか」「不利益を受けた人が異議を申し立てられるか」「アルゴリズムの公平性を誰が検証するか」「最終的に誰が責任を負うか」などの視点です。AIの活用そのものを否定するのではなく、適切な利用を確保するための点検・監査・説明の仕組みを設けることが重要です。
AI利用における公平性、透明性、説明可能性の担保
大野 国際的にはプラットフォームの自動化システムをどのように規制していこうとしていますか。
鎌田 国際的にも、デジタルプラットフォームを利用する就業者に対して、安全衛生、報酬支払、自動化システムにおける保護などが議論されています。今年6月に国際労働機関(ILO)で採択された第193号条約では、プラットフォームの自動化システムにより業務に関する決定がなされる場合には、国がプラットフォーム就業者保護のために適切な措置を講じることが求められています。例えば、就業形態や仕事へのアクセスに不利な影響を与える重要な決定について本人に書面で説明する仕組みや、アカウントの停止、契約の終了に繋がる決定の見直しなどが課題とされています。日本でも、AIを使ってはいけないという規制ではなく、AIを採用やマッチングへ使う場合に公平性、透明性、説明可能性をどのように担保するかについて方策を検討する必要があります。
評価情報の正確性と異議申し立ては「デジタル時代の求職者保護」
大野 求人企業と求職者の双方で「評価」する仕組みがあります。この相互評価にはどのような課題がありますか。
鎌田 例えば、スポットワークなどでは、企業が働き手を評価し、働き手も企業や職場を評価する機能があります。評価が適正ならば次回のマッチングに役立ちます。しかし、個人的な対立や誤解によって不当に低い評価が付けば、働き手はその後の仕事紹介で不利益を受ける可能性があります。逆に、働き手が企業を「ブラック企業」と評価した場合も、その内容が事実かどうかを確認しなければなりません。企業側が十分に説明していたにもかかわらず、一方的な評価が書かれることも考えられるからです。現行規定の「的確表示」は、虚偽や誤解を招く情報を防ぐ考え方が中心です。しかし、相互評価には主観的な要素も含まれるため、単純な真偽の判断では対応できません。
今後は、評価基準の確認、本人・企業が訂正を求められる仕組み、反論や説明の機会、削除基準の明確化、評価がマッチングへ与える影響の説明、不当な評価による排除を防ぐなどの対応が求められます。評価情報の正確性と異議申立ての手続きは、デジタル時代の求職者保護における重要な課題と言えます。
個人情報は利用目的、利用範囲、判断への影響を明確に
大野 玉石混交の雇用仲介サービスの間では、個人情報保護が必要以上に重く取り扱われたり、逆に安易に利用されたりしているケースが見受けられます。一般的なプライバシー保護と同じ考え方でよいのでしょうか。
鎌田 労働市場における個人情報保護は、単に「情報を出さない」ことを目的にしたものではありません。求職者は、自分に合った仕事を紹介してもらうために、自分の経験、能力、希望、場合によっては生活上の事情などを伝える必要があります。そのうえで、本人が情報を適切に開示し、その情報を使ってもらうことで良いマッチングに繋がってほしいと考える場面があります。よって、労働市場の個人情報保護には2つの側面があり、ひとつは「本人が望まない目的で利用されないようにする」、もうひとつは「本人が望むマッチングのため、適切に情報を活用できるようにする」ことです。情報を完全に閉じるのではなく、利用目的、利用範囲、判断への影響を明確にし、本人の意思に基づいて活用することが重要と考えます。
公的機関は労働市場全体が適切に機能するインフラとして重要
大野 民間人材サービスの方向から現状分析をお聞きしてきましたが、公的機関やハローワークは今後どのような役割を担うべきでしょうか。
鎌田 民間サービスが高度化し、AIによるマッチングが普及しても公的機関の役割が薄れることはありません。民間サービスはマッチングの可能性が高く、収益性のある領域へサービスを提供する傾向があります。一方で、失業者、障害者、低所得者、キャリア形成に困難を抱える人など、丁寧な伴走支援を必要とする人もいます。
ハローワークは職業紹介だけでなく、雇用保険、職業訓練、相談支援、地域の関係機関との連携を担っています。今後は、こうした連携をさらに密にして市場で困難を抱える人へのキャリア相談や伴走支援に更に重点を置くことが期待されています。また、求職者だけでなく、地域の中小・零細企業、フリーランス、情報アクセスや交渉力で不利になりやすい主体を支援する役割も期待されます。
公的機関は、個別のマッチングを行うだけでなく、スキル情報を体系化しリスキリングや募集情報と紐付けることによりスキルの可視化をはかることや、セーフティーネットと就労支援の連携、AIの公正利用など市場の基盤を整える責務があり、その重要度は増しています。民間サービスと競合するのではなく、民間が対応しにくい領域を支え、労働市場全体が適切に機能するためのインフラの整備を担うことが求められます。
「改革の基本理念と方向性」➡「具体的な検討」の二段階議論を期待
大野 足元の労働市場の動向や雇用仲介のこれからについて深掘りしてきましたが、これから職業安定法を見直す際に大切な議論の視点を聞かせてください。
鎌田 職業安定法は求職者を保護し、職業仲介事業者を規制することによって、労働市場の健全化を図ってきました。その歴史的な役割は、現在もこれからも一緒です。しかし、AIやデジタル技術の発展、プラットフォームの多様化、フリーランスの拡大、求人企業による直接採用、求職者のキャリア志向の変化によって、従来の枠組みだけでは対応できない課題が増えています。
今後、改正に向けた議論が進む場合は、キャリアを活かす労働市場をつくるために、「事業者の業態ではなく提供するサービス・機能に着目する」「労働者以外も含め、仕事を探す人の公正な機会を考える」「AIやアルゴリズムの公平性・透明性を確保する」「評価情報の正確性と訂正手続きを整える」「労働市場全体の見える化のための基盤整備」「セーフティーネットと就労支援を連携させる」「公的機関と民間サービスの役割を再整理する」といった観点に目線を置くことが大切です。
他方、現在の制度には積み上げられてきた多くの利害関係があり、法制度を一度にゼロから作り直すことは現実的ではありません。まず、労働市場を取り巻く変化とこれからを見据え、改革の基本理念と方向性を議論する。そのうえで、具体的な検討を詰めていく。この二段階で漸進的に検討することが望ましいと思います。
(おわり)
鎌田 耕一氏(かまた・こういち)1952年生まれ。中央大学法学部法律学科卒、中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了(法学修士)。釧路公立大、流通経済大の教授を経て東洋大法学部教授、現在、名誉教授。2019年から21年まで厚生労働省の労働政策審議会会長を歴任。このほか、労政審労働力需給制度部会部会長、「ハローワークの求職情報の提供に関する検討会」座長、フリーランス法の「就業環境整備」に関する有識者検討会座長、有識者会議「労働市場における雇用仲介の在り方に関する研究会」座長などを務める。
大野 博司(おおの・ひろし) 1970年生まれ。中央大学大学院戦略経営研究科(МBA)修士。日本新聞協会加盟の地方紙に入社、2004年に報道デスク歴任後、東京支社で国会取材兼論説委員。2010年に雇用労働の専門媒体・アドバンスニュースの設立に参画し、代表取締役(主筆)。日本外国特派員協会会員の労政ジャーナリストとして、NHKラジオ「Nらじ」などに出演して多様な働き方などを解説。労働法制と人材サービス企業の最前線で取材をこなす。






















