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2012年9月22日

【この1冊】『新しい左翼入門―相克の運動史は超えられるか』

若い世代向けの「左翼運動史の概説書」

c120922.png著者・松尾 匡
講談社現代新書、定価800円+税

 

  「団塊の世代」以降の世代には既に死語となりつつある「左翼」を「世の中の仕組みのせいで、虐げられて苦しんでいる庶民の側に立って、『上』の抑圧者と闘って世の中を変えようと志向する人々」と定義したうえで、日本の明治以降の「左翼」運動史を概説している。著者は現代では数少ないマルクス経済学者。

 著者によれば、これまでの左翼運動史(学生運動を除く)は、常に「理想や理論を抱いて、それに合わない現状を変えようとする道」だが、少数エリート・前衛による「上からの革命路線」と、抑圧された大衆の中に身を置いて、「このやろー!」と立ち上がる道、いわば大衆蜂起を基盤とする「下からの革命路線」との対立・相克の繰り返しであり、結局は運動の自滅という形で共倒れを繰り返してきたという。

 本書には、ねつ造された「天皇暗殺計画」=「大逆事件」の思想的指導者とみなされて処刑された「左翼思想の日本への紹介者」=幸徳秋水、最初の公害反対運動だった足尾銅山労働争議をはじめ、多くの労働運動に奔走した「組合運動の大御所」=荒畑寒村、入獄の度に語学をマスターし、6カ国語とエスペラント語を操り、「アナーキズムの雄」と言われながら、関東大震災のどさくさの中で虐殺された「自由人」=大杉栄、魯迅の研究家で中国にのめりこむあまり、毛沢東と文化大革命の礼賛者になってしまった「毛沢東主義者」=竹内好など、人間的にも魅力的な人物たちが次々と登場する。

 これらの挫折した先駆者たちの遺志を継いで、働く者自身が主人公となるための一歩に貢献するには、「様々な自主的事業の場面で、目の前の人々の要求を汲み取りながら、誠意を尽くして毎日の地道な仕事に励むこと」であり、具体的には労働者が自主管理する生協などの「アソシエーション」運動を推奨するのが著者の立場である。

 ただ、著者も触れているように、共産党の一党独裁政権を樹立した国々では、激しい内部抗争と粛清によって多くの人命が犠牲になったという史実がある。したがって、このような事態が2度と起こらないよう、歯止めをかける思想と方法が明示されない限り、「左翼の復権」はあり得ないであろう。

 その意味で、本書は「新しい左翼」の思想や方向性が提示されているわけではない点に不満は残るが、過去と同じ過ちを繰り返さないためにも、「右翼は知っているが、左翼は知らない」若い世代に勧めたい1冊である。なにより、手軽いノウハウ本に席巻された感のある新書分野に、こうした硬質の書が出ること自体、評価に値する。(酒)

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