Q 昨今の生成AIの進化・普及がめざましいですが、そのなかで「人間的な労務管理」を心がけるポイントはどんな点になりますか。
A 生成AIの進化が止まりません。文章作成、議事録整理、画像生成、翻訳、データ分析など、これまで専門的なスキルや時間を必要としていた業務が、誰でも短時間で行えるようになり、企業の現場でも、生成AIを活用した業務効率化が急速に広がっています。労務管理や人材マネジメントの分野でも、その影響は例外ではなく、求人票の作成、社内マニュアルの整備、研修資料の作成、面談記録の整理、就業規則のたたき台づくりなど、AIが活用される場面は着実に増えています。人事担当者や管理職にとっては、「時間を奪われる定型業務」から解放され、本来向き合うべき業務に集中できる可能性が広がっているといえるでしょう。
しかし一方で、生成AIの普及によって、逆に浮き彫りになってきたものがあります。それは、「人間にしかできない仕事」の重要性です。例えば、職場でメンタル不調を抱える社員への対応を考えると、AIは、一般論としての対応方法や制度説明を示すことはできますが、「本人はどこまで話したがっているのか」「今は励ますべきか、静かに見守るべきか」「職場復帰にどの程度の不安を抱えているのか」といった実務の現場で求められる繊細な判断については、人間的な対応が困難な領域が多分にあります。
ハラスメント相談への対応でも同様であり、言葉だけを切り取れば単純な問題に見えても、実際には人間関係の積み重ねや、職場文化、価値観の違いなど、複雑な背景が存在しています。相談者が本当に求めているのは、単なる制度説明ではなく、「自分の話をきちんと受け止めてもらえた」という安心感であることも少なくなく、単に公正で厳格なルール運用にとどまることなく、「人を理解し、関係性を調整すること」という労務管理の本質に根ざした対応を心がけていく必要があるといえるでしょう。
近年、多様性やD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の重要性が共有され、年齢、性別、国籍、障害、性的指向、働き方、価値観など、職場にはさまざまな背景をもつ人が集まる時代になりました。こうした環境では、「みんな同じように扱う」だけでは、かえって不公平が生じることがあり、例えば、育児や介護と仕事を両立している人、治療と仕事を両立している人、障害特性によってコミュニケーション方法に工夫が必要な人など、それぞれの異なる事情に対する配慮や対応が求められるといえます。
このような場面において、一律の管理ではなく、「その人に合った関わり方」を考えることが重要だとするなら、現時点ではAIが最も苦手とする領域だといえるのかもしれません。もちろん、生成AIそのものを否定する必要はまったくありませんが、その特性や可能性を適切に理解した活用法が推奨されると考えられます。
AIは、就業規則や社内文書のドラフト作成、法律改正情報の整理、研修レジュメのたたき台づくりなどは得意とする分野であり、AIによって大幅な効率化がはかれるだけでなく、管理職向け研修などでも、ケーススタディの作成やロールプレイ例の作成など、発想支援ツールとして有効に機能するといえます。中小企業では、限られた人員の中で人事労務を担当しているケースも多いため、AIの活用によって業務負担を軽減できる意義は大きいでしょう。
ただし、ここで注意しなければならないのは、「AIが言っているから正しい」という思考停止に陥らないことです。生成AIは、もっともらしい文章を作ることは得意ですが、法改正への対応が不十分だったり、誤った情報を含んでいたりすることもあり、企業文化や現場実態を理解しないまま一般論を提示しているケースも少なくありません。最終的な判断責任を負うのは、あくまで人間であり、だからこそ、AIを「代替者」としてではなく、あくまで「補助者」として活用するという姿勢が、今後ますます重要になっていくでしょう。
AIによって情報収集や定型業務が効率化される一方で、人事担当者には、「人と人との間に立つ力」がより強く求められるようになるとすると、これからの時代に求められる人事・労務担当者の役割は、むしろ高度化していく可能性が高いのかもしれません。例えば、世代間ギャップへの対応もその一つであり、若手社員と管理職価値観のズレへの対応をめぐっても、どちらかを一方的に否定することは本質的な問題解決にはならず、お互いの背景や考え方を理解しつつ、心情面でも寄り添いながら、「橋渡し」を行うことが大切だと考えられます。
便利なツールが増えれば増えるほど、人間同士が直接向き合う機会は減少していきますが、職場における信頼関係や安心感は、最終的には人と人とのコミュニケーションによってしか生まれません。ここで重要なのは、やはり生身の人間どうしの「対話」だといえます。これから生成AI時代の労務管理では、そうした「人間らしさ」がますます大きな価値を持つようになるのではないでしょうか。
相手の立場を想像する力。感情の変化に気づく力。言葉にならない不安をくみ取る力。そして、多様な人材が安心して働ける環境を整える力。これらは一見すると非効率に見えるかもしれませんが、本当に人が定着し、活躍する職場をつくるためには、決して欠かすことのできない要素です。AIが急速に進化する時代だからこそ、私たちは改めて、「人を支える仕事とは何か」について問い直し、自分なりの回答を持っていく必要があるのかもしれません。
(小岩 広宣/社会保険労務士法人ナデック 代表社員)






















