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2017年8月28日

企業も社員も発想の転換が必要に

がん対策にみる「治療と仕事の両立」

 政府の「働き方改革」の中心課題である長時間労働の是正や同一労働同一賃金の実現と並び、病気を抱えた会社員らの「治療と仕事の両立」も大きなテーマとなっている。中でも、がんは日本最大の「国民病」だが、治療薬の開発などによって旧来の「不治の病」から「生きる病」に大きく変化しつつある。昨年暮れ、改正がん対策基本法が滑り込み成立し、企業に対してがん患者の就労に配慮を求める努力義務を盛り込んだ。空前の人手不足に対応するため、企業の人材確保は加熱する一方だが、がん患者らへの対応はまだ十分とは言えない。(報道局)

 厚生労働省によると、2012年当時のがん罹患者数約86.5万人のうち、就労可能な20~64歳が約26万人と3割を占める一方、通院しながら就労を続けている人は約32.5万人いた。しかし、3割余りは退職、解雇を余儀なくされており、大きな戦力ダウンとなっていることから、企業にとっても社員にとっても、がん治療と仕事の両立が大きな課題に浮上している。

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健康で生涯働ける人は少数になる?

 ライフネット生命がこのほど発表した最新の「がん経験者572人へのアンケート調査」をみると、がんになったことで平均年収は415万円から332万円と2割減に。減った理由(複数回答)は「休職」(35%)、「業務量の抑制」(33%)、「退職」(25%)が多かった。会社のサポート体制については43%が「制度自体がなかった」と答えており、企業側の対応が不十分な実態が浮かび上がる。

 アデコがこのほど発表したがんを体験した女性正社員200人への調査でも、がんと診断された時に「仕事への影響」を考えた人は6割近くに達し、治療と仕事を両立できた人は、その理由について「上司・同僚らの理解」を挙げた人が6割以上で、制度よりも周囲の人々の理解の有無が決め手になることをうかがわせる。

 厚労省の患者調査でも、離職理由として「仕事を続ける自信がなくなった」「会社や同僚らに迷惑をかけると思った」「治療や静養に必要な休みが取れなかった」などが多数を占め、仕事と両立させるには「勤務時間の短縮」「長期休暇制度」「がん・後遺症などに対する周囲の理解」などを求める声が多かった。

法改正通じた政府の支援策、どこまで浸透するか

 このため、改正法を受けて、政府は6月の「骨太の方針」の「働き方改革」の中に、「治療と仕事の両立に向け、トライアングル型のサポート体制」の構築を盛り込んだ。「トライアングル型」とは医療機関、企業、両立コーディネーターの3者の連携を意味するが、今後、産業医や産業カウンセラーらの役割がさらに重要になりそうだ。

 がん対策基本法は06年、総合的ながん対策として「がん対策推進基本計画」の策定などを目的に制定された。しかし、制定から10年が過ぎ、その間にがん治療が大きく進み、治療しながら、あるいは治療後に社会復帰できる人が増えてきたことから、改正法では企業ががん患者の雇用継続に配慮する努力義務が明記され、国や地方公共団体にがん教育の推進を新たに求めたもの。

 厚労省が挙げている好事例企業としては中外製薬、オリンパス、ウシオ電機、大鵬薬品工業、住友電気工業などを挙げており、これらの企業ではがんの通院休暇制度、主治医と連携した病気休業からの復帰支援、病気退職した社員の再雇用制度といった制度を設けている。しかし、ライフネット生命の調査でも明らかになったように、こうした制度自体のない企業の方が圧倒的に多いことが推測される。「病気は個人の問題」という旧来の発想から抜け出せないのだ。

 企業側の戸惑いも隠せない。がんを発症する年代は中高年が多く、企業では中間管理職などの要職に就いている人も少なくないからだ。職場にとっては大きな戦力になっている管理職ががんになった場合、症状によってはそれまでの「激務」が不可能になるケースもあり、企業にとっては大きな痛手だ。このため、初期段階では発症を隠して勤務する社員も多く、会社側に届け出る時はもはや休職や退職しか選択肢がなくなっているというケースが後を絶たない。

 日本の企業・職場風土は、戦後の高度成長期に醸成された「健康な」正社員によるフルタイム勤務が今も大前提となっている。企業にとっても社員にとっても「病気」は個人的問題であり、基本的にタブー視されてきた。しかし、労働人口が増えている間はそれも可能だったが、本格的な労働力不足に直面している現代では、企業にとっても社員の「健康」は会社の存亡に関わる重大事になってきた。慢性疾病はがんに限らず、糖尿病や脳梗塞なども多く、がん患者への一連の就労支援策が「治療と仕事の両立」に向けたモデルケースになるかどうか、働き方改革の大きな試金石になりそうだ。

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