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2020年9月 7日

雇用市場広げたアベノミクス

生産性向上は成果みられず

 安倍晋三首相の辞任表明に伴い、安倍政権が推進してきた経済政策「アベノミクス」の評価が進んでいる。2012年12月の第2次政権発足後、7年8カ月という歴代最長政権によって、最も目に見える変化が生じたのが雇用分野だ。アベノミクスの雇用への功罪を検証する。(報道局長・大野博司)

 政権期間中、雇用市場が一貫して量的拡大を続けたことは明らかだ。代表的な年間指標である有効求人倍率は2012年の0.80倍から18年には1.61倍に上がってピークアウト。完全失業率も4.3%から2.4%に下がり続け、ほぼ完全雇用状態となった=グラフ上

sc200907.png 12年当時は08年のリーマン・ショックをきっかけにした不況が尾を引いているところへ、11年3月の東日本大震災で国内の生産・流通ラインが寸断され、政府の復興政策も旧民主党の混乱などで停滞。第2次安倍政権が引き継ぐ最大課題となった。

 アベノミクスは金融緩和、財政出動、成長戦略の「3本の矢」を中軸に経済再建を図ったのが奏功し、「株価の上昇→企業業績の回復→雇用の拡大」という好循環が生じた。総務省の労働力調査では、役員を除く雇用者数は12年当時の5161万人から毎年増え続け、19年には5660万人と500万人近く増え、高度成長期以来の「人手不足」を起こす状況にまで持ち込んだ。

 さらに、これを雇用形態別にみると、いわゆる正社員は12年当時の3345万人から3494万人、非正規社員は1816万人から2165万人に増加。8年間で正社員は149万人、非正規社員は349万人増え、非正規社員の増加が多かったことから、いわゆる非正規比率は35.2%から38.3%に3.1ポイント上昇した=グラフ下

 しかし、これを年代別にみると、「15~64歳」の現役世代の雇用は12年当時の4901万人から19年の5156万人と255万人増だったのに対して、定年後も働き続ける「65歳以上」が同様に260万人から503万人と243万人も増えた。65歳以上は非正規が大部分を占めることから、非正規の増加分の7割ほどは65歳以上が占めていたと推測できる。

sc200907_1.png 13年度に改正高年齢者雇用促進法が施行され、企業に社員の65歳までの雇用義務が生じたことが最大要因で、企業の人件費負担が大きく増えることから、当初は「現役世代の人件費が抑制される」「新卒採用が減る」といった懸念も強かったが、実際には現役世代が中心を占める正社員は150万人近く増えた。「アベノミクスでは正社員は増えなかった」「非正規率が上がり、雇用の質(正社員化)は改善しなかった」といった短絡的な批判は正しくない。

 ただ、雇用の拡大が賃金の増加に結び付いたかどうかとなると、厳しい結果となった。厚生労働省の毎月勤労統計によると、年間賃金指数(15年=100)でみると、12年当時の99.7から19年は102.2と2.5ポイント上昇したが、物価上昇分を差し引いた実質賃金指数は逆に104.5から99.2へと5.3ポイント下落した。8年間で雇用者が500万人近く増えたのに、賃金は上がらなかったのだ。これが「アベノミクスは好景気の実感を伴わない」と批判される大きな要因となった。
 
 また、人手不足に起因すると考えられる職場のいじめ・嫌がらせといったトラブルが激増。厚労省によると、労働者らからの相談件数は12年度当時の5万1670件から19年度は8万7570件と1.7倍になっており、解雇など他の案件が減少傾向にあるのとは対照的に増え続けている。雇用増の陰で、長時間労働やいじめなどによる精神疾患も後を絶たず、アベノミクスの「負の成果」として改善を迫られた。
 
 政府もこれらの点は承知しており、毎年の春闘では企業に「3%アップ」を要請し、毎年改定する最低賃金も「早期に全国平均1000円」という目標を掲げる一方、18年には残業時間の上限規制や同一労働同一賃金(同一・同一)などを盛り込んだ一連の働き方改革法を成立させた。しかし、企業側の反応は鈍く、法改正の効果が十分出ない「道半ば」でアベノミクスは終了した。

人手不足、コロナ禍は生産性向上の好機

 アベノミクスが不十分な結果に終わった要因に、日本企業の低い生産性の問題がある。日本生産性本部によると、1国の豊かさを表す代表的な指標である国民1人当たりGDPは、17年で日本はOECD加盟36カ国中で17位。1990年代初めは6位の上位をキープしていたが、バブル崩壊後の長期不況からは低下の一途をたどり2000年代以降は17~19位の"低位安定"が続いている。

 就業者1人当たりでも21位、就業1時間当たりでも20位というレベルが続いており、グローバル経済下の国際競争では致命的な低水準から脱却できないまま、今日に至っている。長時間労働の蔓延、時代に合わない産業・企業の温存などが大きな要因とされ、時短や同一・同一の実現など一連の労働・産業政策もここに焦点を当てていたが、"時間切れ"となって次期政権に引き継がれることになる。

 生産性の向上は一朝一夕には実現できないが、日本の場合、長期間続いた厳しい人手不足をきっかけに、IT導入による省力化、過剰サービスの見直しを通じた業務効率化などが徐々に進展。今年に入って猛威を振るっている新型コロナウイルス対策では、テレワークの推進やオンライン会議の日常化など、働き方自体を抜本的に変える動きが盛んになっており、生産性向上の観点からも望ましい流れになりつつある。

 コロナ禍では、非効率な企業の破綻や非正規を中心にした「雇用の危機」ばかりが焦点になりがちだが、生産性を上げて生き残る絶好のチャンスでもある。その意味でも、働き方改革やIT化の本格的な広がりが成否を占うことになりそうだ。


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