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2020年9月18日

(寄稿)関西外国語大学外国語学部教授 小嶌典明さん

「労働時間の通算」に異議あり― 改定された副業・兼業ガイドライン-終

4 残された選択肢――労働時間規制の適用除外

iskojima.jpg 「個人事業主や委託契約・請負契約等により労働基準法上の労働者でない者として、または、労働基準法上の管理監督者として、副業・兼業を行う者については、労働基準法の労働時間に関する規定が適用されない」。改定前の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は、こう述べていた。
 これが改定により、「次のいずれかに該当する場合は、その時間は通算されない」として、労働時間が通算されないケースが具体的に例示されることになる。

・ 労基法が適用されない場合(例 フリーランス、独立、起業、共同経営、アドバイザー、コンサルタント、顧問、理事、監事等)
・ 労基法は適用されるが労働時間規制が適用されない場合(農業・畜産業・養蚕業・水産業、管理監督者・機密事務取扱者、監視・断続的労働者、高度プロフェッショナル制度)

 このうち前者については、もっぱら副業・兼業先の就業形態を念頭に置いたものといえるが、後者については、本業において「管理監督者・機密事務取扱者」として、または「高度プロフェッショナル制度」の適用を受ける者として働く者も、その労働時間は通算されない。改定の結果、このような解釈が可能になったともいうことができる(注6)

 ただ、仮に労働時間の通算については、これらのケースのいずれかに該当する場合にしか例外が認められないというのであれば、前者の労基法が適用されない場合に限定して副業・兼業を認めるといった方法がとれない以上(注7)、後者にいう労働時間規制の適用除外の範囲を拡大する以外に道はない。それが唯一の残された選択肢ということになろう。

 アメリカの場合、いわゆるホワイトカラーエグゼンプションの対象となる労働者だけでも、優に3000万人を超える。2020年1月1日には、標準となる収入要件を年収2万3660ドルから3万5568ドルに引き上げることを内容とする改正規則が施行された(職務要件が大幅に緩和される高額報酬労働者に係る収入要件も、同時に10万ドルから10万7432ドルに引き上げられた)が、エグゼンプションの対象労働者は1月1日以降も、総計3210万人を数えるものとなっている(注8)

 他方、わが国の場合、適用除外の対象といえば、労基法41条2号に定める管理監督者が現在もその大半を占める。総務省統計局の「労働力調査」によると、管理的職業従事者の数は、2009年の169万人が10年後の2019年には128万人に減るなど、年々減少する傾向にある。そのすべてが労基法上の管理監督者に該当するとしても(ただし、これらの数値は、雇用者数ではなく、就業者数を表したものであることに注意)、その数はたかがしれている。

 2019年4月にスタートした、労基法41条の2に定める「高プロ」に至っては、その利用者はわずかに414人を数えるにすぎない(2020年6月20日付け日本経済新聞朝刊「『ジョブ型』、労働規制が壁/コロナ下の改革機運に水」を参照)。ほとんど利用されていないとしか、いいようがない。

 アメリカに倣えとまではいわない。しかし、以上にみた現状を放置したままでは、副業・兼業の促進といっても、見果てぬ夢に終わる。それだけは確かといえよう。


注6 改定前のガイドラインでは「労働基準法上の管理監督者として、副業・兼業を行う者」とされており、この点が明確ではなかった。

注7 このことに関連して、ガイドラインも副業・兼業を就業規則により制限・禁止できる場合を、裁判例を根拠として以下の①~④のいずれかに該当する場合に限るものとなっている(3 企業の対応 (1)基本的な考え方 オ 副業・兼業の禁止又は制限)ことに注意。
① 労務提供上の支障がある場合
② 業務上の秘密が漏洩する場合
③ 競業により自社の利益が害される場合
④ 自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合

注8 以下の記述は、「エグゼンプションの日米比較」について論じた小嶌「現場からみた労働法第82回/数値を読み解く(2)」文部科学教育通信490号(2020年8月24日号)10~11頁による。なお、アメリカでは、教師や医師は、収入の多寡にかかわらず、エグゼンプションの対象となる(収入要件が課せられない)ことにも注意。


(おわり)


小嶌典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。関西外国語大学外国語学部教授。大阪大学名誉教授。同博士(法学)。労働法専攻。規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、国立大学の法人化(2004年)の前後を通じて、人事労務の現場で実務に携わる。主な著作に『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(アドバンスニュース出版)のほか、最近の著作に『現場からみた労働法――働き方改革をどう考えるか』、『現場からみた労働法2――雇用社会の現状をどう読み解くか』(ジアース教育新社)がある。

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