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2021年5月 3日

難病患者らの「法定雇用率算入」を巡る議論の行方

障害者雇用にカウントされないワケ

sc210503.png 企業や公的機関に雇用されている障害者は毎年増えている。2020年は企業による雇用者が約57万8000人、実雇用率は2.15%といずれも過去最高となった=グラフ。一見する限り、障害者雇用は順調に伸びているが、制度が複雑化していることから、実際にはさまざまな問題や課題を抱えている。代表的な事例が「対象障害者の範囲」や「短時間勤務の扱い」だ。

 障害者雇用促進法では、企業や公的機関が法定雇用率を達成することを義務付けており、今年3月から企業が2.3%、政府や地方公共団体が2.6%などとなっている。しかし、この法定雇用率の計算にあたって、さまざまな課題が浮かび上がっている。

難病患者、「受給者証」を「障害者手帳」の代わりに

 まず、対象となる障害者は現在、身体、知的、精神障害者のうち、障害者手帳を持っている人に限定されている。このため、難病患者は身体障害者、発達障害者は精神障害者と実質的に重なる人が多いにもかかわらず、手帳を持っていないと対象からはずれるのだ。

 少し古いが、16年に厚生労働省が実施した調査によると、難病患者のうち、障害者手帳を持っている人の割合は56%で、年代では60歳以上が66%を占めていた。一方、仕事をしている難病患者は54%いたが、そのうち障害者雇用枠で就業している人の割合がどれくらいかは不明。手帳所有者には高齢者が多いことなどから推定すると、多くの人が一般の採用枠で就労しているとみられる。

 ハローワークを通じた求職あっせんでは、手帳を持たない人の紹介は年々増えており、19年度の新規求職者は過去最多の6539人に達したが、実際の就職件数は2642件にとどまっている。求職者の疾病は潰瘍性大腸炎、クローン病、全身性エリテマトーデス(SLE)の3疾病だけで34%を占め、就職できた人は29%ほど。この3疾病はいずれも患者数の多い難病で、症状も軽度から重度まで大きな開きがあることから、軽症者なら一般枠で採用される人が少なくないためとみられる。

 難病患者の場合、一般の障害者と大きく異なる点は、症状が不安定なために就労が困難になるケースの多いこと。「全身的な体調の崩れやすさ」が共通点で、それも個人差が大きいため、障害が固定している障害者手帳を取得しにくく、企業側も対応がわからないために採用を敬遠しがちだ。

 しかし、難病の中には公費による医療費助成の対象になる指定難病が333疾病あり、助成を受けている患者は「特定医療費受給者証」を持っていることから、受給者証を手帳代わりにできれば、難病患者も障害者枠での雇用が広がるのではないかとの意見が出ている。昨年3月時点で受給者証を持っている人は約95万人いる。ただ、受給者証と障害者手帳とでは発行目的が異なるため、"代用"には慎重な意見も多い。

「特例給付金」制度、継続の是非で議論分かれる

 もう一つの課題は、短時間勤務者の扱いだ。現在、雇用率算定の対象にならない「週20時間未満」の就労者を含めるかどうかが焦点となっている。対象になっていない理由は、雇用保険の対象が「職業的自立の目安」である「週20時間以上」の就労に限定されているため。しかし、20時間未満の就労なら可能という障害者も多いことから、雇用率にカウントすべきではないかとの意見が強まっている。

 現行では、企業が「週20時間以上~30時間未満」の障害者を雇用している場合、雇用率は0.5人と原則カウントし、調整金なども通常の2分の1が支給される。「週10時間以上~20時間未満」の場合は、20年度から雇用率にはカウントされないが、雇用機会を確保するという名目で4分の1相当の「特例給付金」を支給する制度が設けられた。問題は、この特例措置のままで続けるべきかどうかという点だ。

 厚労省の18年の調査では、20時間未満の就労者は身体、知的障害者で5%程度、精神障害者で10%程度あり、精神障害者の比率が高かった。また、ハローワーク仲介の就職率(19年度)では、20時間未満の希望者は身体が約2600人、知的が約600人、精神が約6500人いて、実際の就職率はそれぞれ33%、41%、42%と20時間以上の就職率より低い傾向がみられる。

 高齢・障害・求職者雇用支援機構が昨年11月、職業訓練機能を持つ就労継続支援事業所に対して行った調査では、身体、知的障害者は20時間以上の利用が70~80%を占めた一方で、精神障害者は51%、発達障害者は63%と低くなり、その分、20時間未満の利用が多かった。20時間未満の利用者がいる事業所は7割近くに上り、理由は「体調の変動・維持」が最も多かったが、これは難病患者などにも当てはまる要件だ。

 障害者雇用も「雇用」である以上、雇用保険の原則の例外扱いできるかどうか、議論は分かれるところだ。しかし、日本は先進国中では障害者雇用の水準が低く、雇用を増やすには「手帳主義」「労働時間主義」といったハードルを下げて、企業も障害者も雇用、就労しやすくなる環境整備が必要なことは確かだ。

二極化、過半数企業は法定雇用率が未達

 実際、障害者雇用が増えていると言っても、その内実にはかなり偏りがみられる。企業の場合、法定雇用率は2.2%(今年3月からは2.3%)だが、20年度の実雇用率は全体で2.15%の未達。しかも、達成企業の比率は48.6%の4万9956社と半数に満たず、過半数の未達企業のうち、1人も雇用していない企業が6割の3万社以上あった。

 社員100人以上の未達企業には、未達度に応じて「納付金」という名の"罰金"を支払ってもらい、達成企業に「調整金・奨励金」を支給する原資にしている。しかし、対象企業の過半数が未達という現実は、障害者雇用に対する企業の関心の低さや、「金で解決」の発想が色濃く残っていることを示していると言える。

 これらの課題については現在、労働政策審議会の障害者雇用分科会で議論しているが、現在は議論百出の状態だ。有識者の「障害者雇用・福祉施策の連携強化に関する検討会」がこれまで5回議論して、論点整理に入っており、6月には同分科会に報告する予定。厚労省はそれを受けて同分科会で議論を深め、今夏をメドに課題を再整理し、一定の方向性を打ち出したい考えだ。しかし、労使の意見の隔たりは依然として大きく、議論の行方が注目されている。


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