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2024年2月12日

障害者雇用総合コンサルティング「スタートライン」の研究チーム

「認知機能障害」に対する科学的アプローチで雇用支援

sc240212_4.png 障害者雇用を巡る法整備が進み、多様化する就労ニーズへの対応や企業の雇用主責任を重視する動きが広がっている。企業入社をはじめ、特例子会社や有限責任事業組合(LLP)、就労支援A型・B型、障害者雇用支援ビジネスを活用した就労など、働き方と雇用側の選択肢が広がる中、障害者雇用総合コンサルティングを展開する「スタートライン」(本社・東京都三鷹市)は、社内に公認心理師ら専門家による研究チームを設置。企業担当者と障害者の双方を支援するアセスメントツールの研究やトレーニング方法の開発に注力している。同社の「CBSヒューマンサポート研究所」を牽引する所長の小倉玄さん、主幹主任研究員の刎田文記さん、研究員の香川紘子さんに、専門的な立場から最前線の取り組み内容や課題、今後の展望などを聞いた。(聞き手=大野博司、撮影=中島弘人) 

――「CBSヒューマンサポート研究所」を立ち上げた経緯は。

sc240212_1.png【小倉】障害者雇用の支援事業に乗り出した2010年前後までは、車いすを利用するなどの肢体不自由の障害者が中心で、ハード面の環境を整えるサポートに頼りがちでした。だた、精神障害や発達障害の雇用が広がり始め、目に見えない障害への対応に戸惑いを抱きだしたころ、現在の高齢・障害・求職者雇用支援機構で研究員や職業カウンセラーをしていた刎田が「スタートライン」に仲間入りしてくれました。それを契機に、障害者支援のアセスメントツールなどが社内全体に共有され始めたのです。

 個人技ではなく、体系的な支援方法を体得しながら現場で実践していく効果は大きく、「専門部署を立ち上げてサポートスキルを磨こう」という機運が高まりました。2014年にCBSヒューマンサポート研究所の前身となる「障害者雇用研究室」が誕生。「認知機能障害」に対して科学的にアプローチし、客観的なエビデンスベースの支援体系を構築していく研究基盤が整いました。

――「認知機能障害」へのアプローチ方法は。

【小倉】目に見えない障害として、精神障害や発達障害、高次脳機能障害などがあります。一般的に、鬱(うつ)だったらこう対応しようとか、統合失調症にはこのタイミングを見計らってなど、個々の診断にラベリングをしてしまいがちでしたが、その考え方は違うのではないかと気付きました。精神や発達などあらゆる障害は脳の機能に起因して不具合が生じているので、それらの障害を引っ括めて「認知機能の障害」だと捉え、個々の障害状況に合わせた弾力的な対応をとるようにしました。

 つまり、診断名は把握しつつもアプローチは限定された方法にとらわれず、仕事をしていく過程での成長や変化を見ながら、それぞれの障害状況に応じた支援方法をアレンジしています。精神障害は医師でも確定診断が難しい領域なので、雇用企業の担当者と認知機能障害のある当事者に柔軟なアセスメントをして、お互いに気づきを得ながら活躍できるステップの提供に努めています。

――研究所ではどのような取り組みをしているのか。

sc240212_2.png【刎田】基本線として、職場の困り事を丁寧に把握することが大切です。研究所では、人や物事を客観的に評価・分析できるアセスメントの開発に力を入れており、障害の特性を見極めつつ、本人のプライドや仕事観などにも配慮して検査や聞き取りを進めます。アセスメント期間の中では、ワークサンプルという模擬的な作業ツールを活用して、ミスにつながる過程とそれに対処する方法を一緒に見つけていき、それを「乗り越えられる」という体験を重ねていきます。

 自分の対処次第で「やりようがある」とわかることがポイントで、このような体験は認知機能障害の人たちに有効です。見えない障害を克服しながら仕事を続けていくには、本人の理解と自信が重要なカギになります。そして、実際の仕事の中でそれらの体験をどのように生かし、展開させていくかを雇用企業の担当者と相談し、トータルでサポートしています。

――心の問題へのアプローチとして取り入れている方法は。

【刎田】中心的な手法として、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)という心理療法を用いています。避けることのできないネガティブな思考や感情などを無理に消そうとしたり、避けたりせず、それらとうまく付き合っていくための最良の方法を自分で考えながら決めていくというトレーニングです。誰もが、何か心配事や不安にさらされると、それをどんどん広げてしまいがちですが、そうした恐怖感を徐々に克服していきます。

 トレーニングで心の問題が改善されても再発してしまうこともあります。そのような場合でも、人間が有する「言葉の力」を高め、ACTの実践を繰り返して、その人なりの改善策と対応方法を一緒に探っていきます。働く現場では、ACTを取り入れることで調子を崩すなどして1年以内に辞めてしまうケースが減少しています。

 心との付き合い方と向き合い方を企業担当者も身に付けてもらうことで、私たちのサポートはより有効に機能していきます。私は前職の機構で障害者を職場に送り出す側のケアや支援を専門的に体得し、今は受け入れる側として研究を続けているのですが、双方の立場を理解しているがゆえに「定着につながる環境整備の重要性」を強く認識し、研究仲間や現場の社員らと共有しています。

――現場でACTをどのように活用しているのか。

【小倉】ACTマトリックス・カードを使っています。

sc240212_5a.pngACTマトリックス・カード:ACTマトリックスは4つの領域から構成され、水平方向の線の上側に五感の体験(外側)、線の下側に心の体験(内側)を記載する。垂直方向の右側の領域は、価値には向かっていることを示し、左側の領域は不愉快な出来事から離れることや価値から離れることを表している。4つの領域の空欄部分に、自分自身の行動(上側)、思考、感情、感覚(下側)が入るよう分類して記入する。ACTマトリックス・カードはACTの中で扱われる重要な要素(コアプロセス)が総合的に盛り込まれており、52枚のカードで表されたエクササイズを用いることで、心の中を整理するのに非常に効果的なアプローチの実践に役立てることができる。


 海外で販売しているツールなので、翻訳権者と交渉して権利を得て研究所で翻訳し、現場の担当者が活用しやすいように工夫を凝らしています。また、アメリカなど海外の専門機関や学会で得てきた学びを自社の研究所で検討を加え、現場に落とし込んでいます。ACTと併せて、自社開発したSAPLI(サプリ)というプログラムも活用しています。

――SAPLI(サプリ)の機能と効果は。

【刎田】サプリは私たちの研究で生まれた情報整理プログラムの呼び名です。

sc240212_6a.pngSAPLI(サプリ):様々な状況の中にあっても、働く人が安定的に仕事を遂行できる行動や対処方法を身に付けられるアセスメントツールのひとつ。サプリメント(健康補助食品)のように、働く毎日を健康的に、そして安心して過ごせることを目指している。生活習慣や健康状態の整理をはじめ、大切にしていることや生きがい、周囲とのかかわり、自身の障害に関する情報の整理などを記入して自己分析するシート。


 機構に従事していたころ、「ストレスと疲労」を評価するシートを開発しており、それが原型となっています。弊社では心理療法のトレーニングであるACTも活用しているので、それらの相性なども念頭にオリジナルのアセスメントツールとしてつくりました。幼少期にどのような出来事があったのか、前職の現場ではどんな場面に遭遇したのかなどを詳らかにしつつ、慎重な取り扱いで運用しています。

 健常者よりナーバスな部分を持っている障害者にとっては、このアセスメントツールで整理しておくことが、自分を知り、コントロールするための「支え」になっています。これは私たちが研究の柱に置く「仕事のやりがいと定着」に大きな効果をもたらしています。サプリシートへの記入の際、企業担当者と現場で働く障害者、サポートする私たちが一緒に作業し、共有することで相互理解が深まり、一種の「カルテ」ができあがるのです。障害者自身が記入して読み返しながら、自身の強みと弱みをつかんでいき、現場で仕事を動かす企業担当者も、個々の「カルテ」を基にその人に適したサポートにあたれることが大きな意義と価値になっています。

――アセスメントツールの活用には企業側へのアドバイスが重要だ。

【刎田】障害者雇用の現場では、「認知機能障害」のある人たちが急速に増えています。企業単体で蓄積してきたノウハウや知識では包含できないケースも散見され、ACTのアセスメントやSAPLIシートに加え、言葉と認知のつながりに着目した「関係フレームスキル」のトレーニングなど、受け入れ職場の環境を整えないと障害者に安心して定着してもらえない現状があります。

 企業が担当社員の経験やスキルだけに任せおく時代ではなくなっています。弊社では、障害者雇用に向き合う企業に研修を提供させていただく機会がありますが、これまでの障害者への指導法や振る舞いなどが適切でなかったり、十分でなかったと気づいたりする参加者が多いです。「認知機能障害」がある人 に安心して働いてもらうための専門的知識は必要で、弊社の社員と企業の担当社員のスキル向上につながる研究や研修の提供などを継続しています。

――言葉と認知のつながりに着目した「関係フレームスキル 」とは。

関係フレームスキル:人の言語行動の基礎であり、新たな言葉同士を関係づけることができる人間特有の能力。このスキルは、物理的な類似性のない2つ以上の刺激同士が機能的に同じであるという関係を派生的に成立させる、という人間が持つ刺激等価性の能力をベースにしている。この関係フレームスキルによって、人は言葉を巧みに操り、問題解決力や創造性などの高度な知的能力を持つことができる。このスキルは「言語と認知の理解に関するアプローチ」でトレーニングすることができる。


sc240212_3.png【香川】
人は曖昧なものから情報を取り出し、推測する能力があります。「言葉」はその象徴的なものであり、認知能力の基盤と考えられています。刺激等価性スキルにもう一段、関係フレームスキルを結びつけることで、障害者の言語能力や認知能力、適応行動にポジティブな変化をもたらす可能性が高まります。認知能力には区別とか比較、数や時間などいろいろありますが、「言葉の力」には個人差があり、そこが足りないとコミュニケーションの齟齬につながってしまうのです。

 コミュニケーションは職場において必要な能力です。2つの関係性を組み合わせて考えるスキル習得のPCプログラムを使い、繰り返しトレーニングすることで、関係フレームスキルが伸びることを導きだしました。トレーニングツールは刎田が開発し、弊社では現場で実際に取り入れて効果をあげています。

 実際に、刺激等価性が低くてコミュニケーションに齟齬があった人も、トレーニングをするとその水準が確実にアップします。コミュニケーションに齟齬が生じていたり 、関係フレームスキルに少し苦手なところがあるかもしれないという人にトレーニングを実施し、元から持っている能力を底上げしていくような形で活用しています。

――新しく手掛けている研究や取り組みは。

【刎田】PBT(Process-based Therapy)という新しいアプローチ方法に着手しています。

PBT(Process-based Therapy):当時者の人生のプロセスを詳細に捉え、「目の前の個人にとって有効な心理療法」を組み立て実践していくアプローチ。PBTではプロセスを「人の幸福に影響を与えることがわかっている一連の出来事」と定義。臨床家は、このプロセスを、進化科学を通じて生物生理学・機能分析・社会文化的背景・過去の文脈や心理的側面や行動・動機など、個人を取り巻く要因と個人的要因の複雑なネットワークとして理解し、多次元的かつ多段階的にアプローチしていく。2022年に、アメリカの臨床心理学者スティーブン C. ヘイズらが提唱。


 精神疾患については、診断名とそれに応じた服薬治療が中心になりがちですが、画一的な考え方ではなく、臨床ケースの「個別性(多様性)」と研究ベースの「エビデンス」の両方を重視し、体系的にセラピーを実施できる可能性を追求するアプローチ方法です。職業リハビリテーションの一環として、仮想事例をつくって理解を深め、実践を行っています。

 職業リハビリテーションの分野は、障害状況や行動の変化が企業スタンスや職場環境に大きく影響されるため、対個人から対組織まで単線ではない対応が求められます。ゆえに、診断名に基づくサポートよりも、PBTのような個々の人生における複雑なネットワークに対する広い視野からの柔軟なアプローチが重要と考えています。研修などの体系化や実践に取り組むことで、このアプローチの担い手を育成し、現場でのさらなる定着に繋げていきたいと考えています。診断する医師の分野でも効果的な活用が期待されます。

――性別や年代を問わず、心身のリズムを崩す人が少なくない。研究開発したアセスメントツールやトレーニング方法は汎用性があるのでは。

【香川】障害者に限らず、海外では関係フレームやACTを健常者や学生のプログラムに取り入れている国もあります。障害者雇用の定着、促進のための研究から生まれたツールが一般的に活用され、働く人の日常生活を豊かにすることを期待しています。

【小倉】汎用的活用の可能性はあると感じます。研究チームでは日ごろから「普通や当たり前」という言い方をなくそうと共有しています。何か病気や障害を「治療する」という直接的なものではなく、アセスメントなどの活用でその人なりの心の整え方が身に付き、より良いコンディションで仕事に向かえる社会が健全です。こうした研究の成果を行政や企業などと連携して展開していけるよう、障害者雇用の現場に最も近い場所から研究を続け、「働く」を支援する科学的アプローチに磨きをかけていきます。


(了)


【株式会社スタートライン】
2009年設立、本社は東京都三鷹市。サテライトオフィス型と屋内農園型を運営して雇用企業と働く障害者の双方を支援。導入企業数は260社以上、1660人超が雇用され定着率(1年)は90%強。「CBSヒューマンサポート研究所」を設けて、障害者について医学、福祉、心理学など多面的な視点から専門的にアプローチ。CBSは「文脈的行動科学」(Contextual Behavioral Science)の略。企業向けのオリジナル研修や各種セミナー、在宅雇用支援サービスなども手掛ける。


小倉 玄氏
(おぐら・げん)1968年生まれ。東京女子医科大学大学院医学研究科 先端生命医科学系専攻満期退学、博士(医学)。公認心理師。2012年に入社し、現在はCBSヒューマンサポート研究所所長。

刎田 文記(はねだ・ふみき)1966年生まれ。立命館大学卒、明星大学大学院修了、心理学専門課程、心理学修士。日本障害者雇用促進協会(現在の高齢・障害・求職者雇用支援機構)の研究員・障害者職業カウンセラーを経て、2013年に入社し、現在はCBSヒューマンサポート研究所主幹主任研究員。公認心理師。

香川 紘子(かがわ・ひろこ)1981年生まれ。帯広畜産大学卒、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。2020年からCBSヒューマンサポート研究所研究員。


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