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2024年4月 2日

【特別企画】労政インタビュー:今野浩一郎氏と松原哲也氏に聞く(下)

「労使コミュニケーション」が新たなカギ

次世代に必要と思われる視点を整理

――働き方が多様化するなか、労働基準法が想定していなかったことへの対応もテーマとなっている。昨秋、今野さんが座長を務めた厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」(今野研)で報告書が取りまとめられ、そこに盛り込まれた「方向性」を受けて現在、「労働基準関係法制研究会」が展開されている。

sc240402_matsubara.jpg松原 「今野研」の発足当時に携わっていましたが、「働き方改革」の施行5年後の見直しを意識しつつ、人口減少社会の中で企業人事が人材獲得に窮し、またコロナ禍の襲来が働く人の考え方や意識に変容を与えていることを強く感じていました。

 労働基準法をはじめとする労働関係法制は、一定の人口増加と維持がある時代背景の中で制定・改廃されてきています。その前提が変わるなかで、コロナ禍となり、テレワークなどで出勤しなくても仕事ができ、働く側の希望が企業に聞いてもらえるという、これまでになかった動きが広がりました。そして、多様化には「働き方」と「働く人」の2つの方向があり、それが同時に起きています。この時代の転換点において「課題を整理して今後の方向性を提示しよう」との狙いで今野先生を座長に議論を深めていただき、「多様化が更に広がる社会」を想定して次世代に必要と思われる視点をまとめてもらいました。

 そして、この研究会報告を基に、今年1月から法学者を中心とした有識者会議「労働基準関係法制研究会」がスタートして、意欲的に議論が行われていると承知しています。

「守る・支える」の視点が「今野研」のキーワード

sc240402_imano.jpg今野 研究会を開始するに当たり、何らかのシナリオがあったわけではありません。労働関係の多様な専門分野から集まった委員に、現行の労働基準法を頭に入れつつ、これから何が重要なのかを自由闊達に話してもらいました。その上で最終的に、これからの労働関係法制を考えるに当たっては「守る」と「支える」の二つの軸をもつことが重要ということで総意がとれました。

 今後も働き方が多様化し柔軟化していきますが、そのもとで健康はしっかり確保しなければいけないという意味での「守る」の視点。また、働く人が自律的にキャリアを伸ばし、生産性の高い創造的な働き方ができることを応援するという意味での「支える」の視点。それぞれの専門分野からみて現場では何が起きているのかの知見を加え、「守る」を堅持して「支える」を進めるという報告書をまとめました。

――社内の「労使コミュニケーション」の重要性を明記している。

今野 多様な働き方が進み、それに合わせて企業の人事管理が変わると、人事管理は個別管理的な傾向が強まります。そうすると、これまで以上に労使が集団的にも、個別的にも話し合うことが必要になるので、「労使コミュニケーション」の仕組みの整備がとても重要になります。多くの委員から「そこがカギになる」という意見が挙がったことは大変印象的でした。

松原 その時々の時代背景をもとに有効に機能した制度でも、現代ではわかりにくくなったものや、本来の趣旨と異なる使われ方をされてきているものを見直すことは必要です。一方で、デジタル社会において、どういう働き方をしたい人がどのくらいいるのか、企業はそれに対応できるのかなどの実態は個々の企業にしか判断できません。企業の中で労使がお互いに納得しながら決めてもらうという視点に立った時、どういう「労使コミュニケーション」の仕組みづくりが必要か考えていくことが不可欠となります。

雇用仲介サービスは立体的に拡充・進化

――働く人が減少していく中で、求人企業と求職者を結ぶ雇用仲介サービスがテクノロジーの進化に伴って拡大しているが、留意すべき視点は。

sc240402_set.jpg松原 テクノロジーの進展は求人企業と求職者をつなげる、マッチングするという効果は大きいと感じています。短期単発のアルバイトにおけるHRテックは、紙媒体が主流の時代に比べれば、ミスマッチはかなり解消されていると思います。しかし、テクノロジーはどう使うかという視点が不可欠。例えば、正社員の転職の場合は、ある程度の長期的なキャリアプランを持って、企業も人事プランに基づいて採用するので、マッチング機能に特化したHRテックのみでは判断されないでしょう。

 他方、マッチングを高めるためには、雇う側の企業や店舗の要望に応える必要があり、そのためには、働く人の情報をより多く得なければならない構造にあります。短期単発などでは賃金の代行払いがセットになっている形態もあり、法令上は一定の整理がされていますが、一方で求職者を評価して賃金を代行するとなると、もはや事実上の雇用主ではないのかという話につながる可能性があります。

 こうした事例に限らず、HRテックの進展次第では現行制度を改めて高い視点から考えてみる場面が来るかもしれません。それほど雇用仲介サービスは立体的に拡充し、進化している状況にあります。

今野 雇用仲介サービスに対する公的規制のあり方を考える場合は、「何のために規制するのか」の原則に基づいて考えることが必要であり、労働者保護と個人情報保護を図ることが原則の軸になるだろう。この点から雇用仲介サービスにおけるHRテックの活用をどう規制するかを考えると、HRテックが求職者の意思決定にどの程度介在しているかがポイントになり、介在度合いに合わせて規制の内容を考えることが必要となります。例えば、企業と個人の長期的な関係性が前提の正社員の転職マッチングの場合には、AIが求職者の意思決定にかなり影響を及ぼす可能性があるので、AIがマッチングをしているとしても、「AIが正当なのかチェックしましょう」ということになります。

 いずれにしても、HRテックは雇用仲介サービスの内容を大きく変える可能性があるので、現在の規制を補正するのではなく、「何のために規制するのか」の原則に立ち返って考えるべきです。

――サービス機能の進化により、既存の枠組みが融合する可能性は。

松原 職安法で言う募集情報等提供事業者がサービス機能を深めれば、それは許可事業の職業紹介と違うのかという議論につながります。募集情報等提供事業者は求人・求職情報を提供しているだけという整理であり、そうすると、利用した求職者が実際に就職したかどうかはわからない。しかし、競争下にある事業者として実績や成果をアピールしたいと思えば、自社メディアで就職に結びついた人数を誇示したくなるでしょう。そうすると、「それは単なる情報の提供ではないのでは」という疑義を生みます。

 一方、サービス機能が益々進化していくことが予想される中、利用者からみると、求人メディアなのか職業紹介なのかといった区分は意識しないまま、自分にマッチする便利なツールを活用するようになっていきます。そうなると、現在の事業法の枠内でカバーし切れるかどうか、規制手法がデジタルの時代に適応できているのか、そして「利用者が安心できる環境とは何なのか」を考えていかなくてはなりません。

働き方を選んで会社を好きになってもらう

――雇用労働を巡る課題は多岐にわたる。「働き方改革」はその土台を成す基幹となるが、「第2フェーズ」に向けた心構えと対応策は。

sc240402_1.jpg今野 企業によって濃淡はありますが、企業は社員が働き方とキャリアを「選べる」人事管理をつくらなければならず、かつ経営パフォーマンスの維持・向上をはかる必要があるので、「選べる」を経営成果に「つなげる」人事管理を構築する必要があります。最近、「パーパス経営」「エンゲージメント」などが盛んに言われますが、それは、「つなげる」人事管理の仕組みの一つだと思います。働き方やキャリアを「選べる」ようになると社員は転職する志向を強めるので、企業としては社員に「会社を好きになってもらうこと」が「つなげる」を実現するうえで不可欠になります。

 さらに「選べる」人事管理が進むと、「労使コミュニケーション」と「健康確保措置」を整備することが必要になってきます。

松原 社内の「労使コミュニケーション」が大切になる時代だと思っています。社員の意見はインターネットを使って半数以上の声を集めることができますが、ただ聞くだけでなく、相互に納得感を深めるための適正で実効性のあるテーブルにすべきです。

 また、働き方、働く人の多様化が進めば進むほど、健康確保が大切になります。多様な働き方を希求する人たちの健康をどう守っていくのかが問われています。地域限定や職種限定といった正社員の多様化だけでなく、外国人や有期で働く人たちの声をくみ取って、それぞれの会社に合った労使の選択を大事にする。そして、健康確保を第一に考えるという視点が「第2フェーズ」で最大のカギになると思っています。


(おわり)


今野 浩一郎氏
(いまの・こういちろう)1973年、東京工業大学大学院修士課程(経営工学専攻)修了。その後、神奈川大学、東京学芸大学を経て1992年に学習院大学経済学部教授。2017年から学習院大学名誉教授。専門分野は人事管理。

松原 哲也氏(まつばら・てつや)1996年労働省(現厚生労働省)入省。愛媛県庁、在英国日本国大使館、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部などを経て、本省の職業安定局で労働市場政策、労働基準局で労働条件政策を統括。2023年10月、リクルートワークス研究所の客員研究員。専門分野は、労働市場、労働条件、人事管理などHR分野全般。

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