厚生労働省労働基準局の労働条件政策課が今年1月に設置した有識者による「労働基準関係法制研究会」(荒木尚志座長)は、新しい時代の労基法のあり方を見据えて活発な議論を展開している。「労働時間法制」「労基法上の事業(場)」「労基法上の労働者」「労使コミュニケーション」を主要テーマに、法技術的な観点を含めた短期、中期の具体的な課題を整理。8月20日までに計11回の会合を開催しており、9月以降は年内をメドとする報告書の取りまとめに向けて加速する。同研究会の議論が佳境に入るのを前に、これまでの進ちょく状況と要所について現場取材を基に点検する。(報道局)
同研究会は、経済学者らによる「新しい時代の働き方に関する研究会」(今野浩一郎座長)の報告書を引き継ぐ形で1月に発足。労働政策審議会の議論にのせる"前段"となるテーブルで、有識者「第2弾」の同研究会は主に法律の専門家らで構成される。1947年に制定された労基法は戦前の工場法を前身としており、労働者が同じ場所と時間で指示に従いながら働くカタチが規制を講じる際の基盤となっている。しかし、現在は通信技術などの発展に伴って働き方が多様化し、画一的な法規制では労働者を守り切れていない部分と、逆に働く人にとって窮屈になっている規定も散見される。長く続いている法律の「見直しと変化」には期待感と同時にハレーションも想定されるだけに、注目度の高い議論の舞台となっている。
【2023年11月13日・設置表明】 有識者研究会の"第2弾"設置へ
労働政策審議会労働条件分科会で、厚労省が年度内に法律の学識者らによる研究会設置を表明。見直しの方向性について整理した有識者による「新しい時代の働き方に関する研究会」(今野座長)の報告書を踏まえた動きで、今後は具体的な法制度のあり方を含めて検討する考えを示した。労基法の見直しを巡っては2023年3月、主に経済学者や企業人事らの専門家をメンバーとした有識者研究会を設置。15回にわたる精力的な検討を重ねて、同年10月20日に報告書を取りまとめた。労働者の心身の健康を「守る」「支える」を基軸としつつ、「新しい働き方に対応した労働時間制度の柔軟化を求める声もあり、時代に合わせた見直しが必要」と提言したほか、労使コミュニケーションの確保、シンプルで分かりやすい実効的な制度など、多面的な角度から考察している。
同分科会で厚労省は、報告書の概要と要所を紹介したうえで、「大きな方向性と考え方を示したもの。2024年は働き方改革関連法の施行5年の見直しのタイミングでもあり、より具体的な法制度を含めた研究を進めなければならない」と説明した。
【1月23日・初会合】労基法の見直し検討、有識者テーブル「第2弾」スタート
会議体の正式名称は「労働基準関係法制研究会」。荒木尚志氏(東大大学院法学政治学研究科教授)を座長に、安藤至大氏(日大経済学部教授)、石崎由希子氏(横国大学院国際社会科学研究院教授)、神吉知郁子氏(東大大学院法学政治学研究科教授)、黒田玲子氏(東大環境安全本部准教授)、島田裕子氏(京大大学院法学研究科教授)、首藤若菜氏(立教大経済学部教授)、水島郁子氏(阪大理事・副学長)、水町勇一郎氏(当時・東大社会科学研究所比較現代法部門教授、現在・早大法学学術院法学部教授)、山川隆一氏(明大法学部教授)の10人が務める。
厚労省は今後の議論に資する「労働基準に関する諸制度」「人口構造、労働時間等」「労働時間制度等に関するアンケート調査結果」などを説明した。
【2月21日・第2回】「労働時間制度」をテーマに議論
「労働時間制度」をテーマに議論を展開。(1)働き方改革関連法で導入・改正された制度の評価(2)今後の働き方の変化を見据えた制度のあり方(3)制度全体の建て付け――について検討を進めた。具体的な検討項目は、(1)について「時間外・休日労働の上限規制に関する導入後の状況」「年次有給休暇の時季指定義務化の状況」「努力義務とした勤務間インターバルの普及状況」など5項目。(2)は「上限規制がある中での法定労働時間の意義」「割増賃金(時間外労働、休日労働、深夜業)について、副業・兼業での取り扱いを含めた意義」など4項目。(3)は「複雑な労働時間制度のシンプル化」など2項目。
この中で、副業・兼業の健康確保措置としての労働時間の通算と割増賃金のあり方については、「健康確保のために行う通算は必要だが、割増賃金のためというのは必要ないのではないか」「本業で8時間フルに働いた人を副業で雇うと割増賃金からスタートするが、副業の人だけ割り増しされることに他の社員の納得感が得られるか疑問」など、現場実態に照らしたさまざまなケースも挙がり、働き方が多様化する中で現行制度では実効性が乏しいとの指摘が出た。
【2月28日・第3回】労基法における「事業(場)」と「労働者」を巡って議論
労基法における「事業(場)」と「労働者」を巡って議論。現行の適用は事業場単位となっているが、現場実態として有効なのであれば企業単位の適用もあり得るといった考え方や、その場合の労使コミュニケーションのあり方を掘り下げた。
この日の検討テーマの「事業(場)」については、(1)労基法の適用単位をどのように考えるか(2)適用単位が事業(場)単位であることの意義は何か(3)現代において事業(場)単位を労基法におけるすべて手続きで維持する意義は何か――など5項目。「労働者」については、(1)労基法の労働者の判断基準(1985年労基法研究会報告)をどのように考えるか(2)労基法、労働者災害補償保険法、労働安全衛生法などの「労働者」を同一に解釈する意義は何か――など3項目に整理して議論した。
【3月18日・第4回】「労使コミュニケーション」をテーマに議論
労働組合と過半数代表者の役割や機能を整理しながら、多様な労働者全体の意見を反映した「労使コミュニケーション」のあり方について議論を深めた。この日の検討テーマの「労使コミュニケーション」については、(1)集団的な労使コミュニケーションの意義と課題(2)事業場の「過半数」代表の意義(3) 労働組合がない事業場における過半数代表者の選出の課題(4)労働組合がある事業場とない事業場の違い(5)各協定や就業規則の導入後、モニタリングを実施する際に適した制度・体制――の5項目。
荒木座長を含む10委員は、「民主制の担保」「ガバナンス体制」「デロゲーション」「代表者の成り手と育成」「専門家のサポート」などをキーワードに活発な議論を展開。労使コミュニケーション制度や仕組みの必要性は全委員が認めつつも、とりわけ労働組合のない中小企業や小規模事業者に馴染むのかどうか、そもそも仕事をしながら従業員の声を集約して使用者側と調整する「成り手」が少ないことなど、「制度の理念が崇高でも浸透させるにはわかりやすい仕組みでなければならない」といった意見が相次いだ。
【3月26日・第5回】労基法見直し研究会、議論一巡
これまで議論した「労働時間制度」「労基法における事業(場)と労働者」「労使コミュニケーション」の論点を整理しながら更に掘り下げ、議論が一巡した格好。この日は、事務局の厚労省が企業と労働者を対象にした「労働時間制度等に関するアンケート」の調査結果(クロス集計)と、今夏をメドに実施する予定の「労働時間制度等に関する実態調査」について説明。前者のアンケート調査は、今年4月に「働き方改革関連法」の施行から5年となることを踏まえ、労働時間制度に関する現状の課題や傾向を把握するため、昨年11月に実施した。
企業からは労働時間制度やテレワーク、勤務間インターバル、年次有給休暇、副業・兼業などを聞き、労働者には労働時間や仕事の裁量などについてたずねた。また、今夏に実施予定の実態調査は、1万事業所と労働者1万8000人を対象にする大規模な統計調査とする見通し。
【4月23日・第6回】厚労省が見直しの具体的論点作成へ
これまでの会合で挙がった各委員の意見を整理したうえで、更に活発な議論を展開。荒木座長は「どの法律をどのような手法で、どういったタイムスパンで対応していくか、方向性を見いだすことができると認識している」として、今後の検討に資する見直しの具体的論点の作成を事務局の厚労省に要請した。
【5月10日・第7回】経団連「バランスの取れた検討を」、連合「検討の射程が不十分」
議論が一巡したのを踏まえて、使用者側と労働者側の団体からヒアリングを実施。基本姿勢として、経団連は「長時間労働の是正に向けた取り組み強化は必要。一方で、日本の豊かさ、経済成長につながる視点からの議論も不可欠」との姿勢を示し、「『新しい時代の働き方に関する研究会報告書』にある『守る』と『支える』の両面からバランスの取れた検討を求める」と強調した。
連合は「論点の設定段階から4割を占める非正規雇用の問題が取り上げられておらず、検討の射程が不十分」と指摘。「労働行政の古い縦割りが実効的な法整備を阻害し、多重化した法制度が複雑で分かりにくい制度にしている。『新しい時代』の労働基準法制を目指すのであれば、非正規雇用やジェンダー平等、ハラスメントの問題を真正面から取り上げるべき」と主張した。
特筆されるのは、経団連が副業・兼業の推進に向けた割増賃金規制について、「真に自発的な本人同意があり、健康確保を適切に行っている場合は、割増賃金を計算するにあたって本業と副業・兼業それぞれの事業場での労働時間を通算しないこととすべき」と述べ、「研究会でもこの件について前向きな議論がなされていると理解している」と添えた。
一方、連合は論点のひとつである「新しい形の労使コミュニケーション」について言及。「労働基準関係法制の規制解除や適用除外を労使に大幅に委ねる仕組みは、厳然と存在する『労使の力関係の差』によって労働者の命と健康を脅かすことにつながりかねない」とけん制。「強行法規としての労働基準関係法制を緩和する必要は全くない」との認識を示した。
【6月27日・第8回】社労士連合会とフリーランス協会からヒアリング
全国社会保険労務士会連合会と一般社団法人フリーランス協会を招いてヒアリングを実施し、続いて「労基法上の労働者」について議論を深めた。社労士連合会は、兼業・副業の促進の観点などから「事業主が異なる事業場での副業・兼業では、通算労働時間に時間外労働の割増賃金を適用せず、過重労働防止を目的に把握するよう措置を講じるべき」と主張したほか、過重労働の防止と小規模事業者での人材確保に向けて「週44時間制を廃止し、すべての事業場の法定労働時間を週40時間制に統一する」ことなどを提言した。
フリーランス協会は、労働者性の判断に求められる対策として「雇われない、自律した働き方を求めるフリーランスにとって過剰な保護や規制は事業者としての創造性や主体性を損なう恐れがある」とした一方で、「『偽装フリーランス』についてはしっかり取り締まっていく必要がある」と指摘した。そのうえで、短期的にはフリーランスの労働者性に関する適切な理解の普及啓発、中長期的には労働者性の判断基準の明確化・標準化を求めた。
【7月19日・第9回】法技術的観点を念頭に2巡目の議論本格化
厚労省が作成した具体的論点を基に、「労基法上の事業」と「労使コミュニケーション」について議論を展開。これまでに、現状の職場実態に照らした課題や見直しが必要な事項は整理されてきており、この日は政策や方策を実際に法律などに落とし込む際の法技術的な考え方などについて検討した。
中身としては(1)労働組合による労使コミュニケーション(2)過半数代表者の仕組み(改善方法)(3)労使委員会・労働時間等設定改善委員会の活用(4)事業場ごとの労使コミュニケーションを集団化することについて(5)労働者個人の意思ーーを具体的な論点に挙げ、法制的・政策的な検討・対応の必要性が高い事項として何があるか、特に早期に取り組むべき事項は何か、中長期的な議論を要するものとして何があるかなどについて掘り下げた。
【7月31日・第10回】「労働時間、休憩、休日・年次有給休暇」をテーマに議論
主要テーマのうち、「労働時間、休憩、休日・年次有給休暇」について深掘りした。1月からスタートした同研究会の議論は半年が経過。短期的に見直しが必要な事項と中長期の視点で整備が求められる事項の整理も進んだ。
この日は、(1)最長労働時間規制について、労働時間の更なる短縮を図るためにソフトローや労働からの解放の視点も含め、上限規制の在り方を検討するとともに、労働時間規制の適用除外(管理監督者等)や特別規制(みなし労働時間制等)との関係、健康・福祉確保措置の在り方についても整理、検討することが必要ではないか(2)労働からの解放の規制について、最長労働時間規制と相まって、労働者の健康確保、心身の疲労回復や気分転換、仕事と生活の両立を図るため、年・月単位(年次有給休暇)・週単位(休日制度)、日単位(インターバル制度)で、労働者が適切な労働からの解放時間を確保できるよう制度を整備する必要があるのではないか(3)割増賃金規制について、労働者への補償と長時間労働の抑制の趣旨を踏まえ、その在り方を検討する必要があるのではないかーーの切り口から掘り下げた。
【8月20日・第11回】法定休や勤務間インターバル、副業・兼業の割増賃金などをテーマに議論続行
主要テーマのうち、前回(7月31日)に引き続き「労働時間、休憩、休日・年次有給休暇」について議論を続行。とりわけ、「法定休日制度」「勤務間インターバル制度」「年次有給休暇制度・休暇」「割増賃金規制」の4項目を掘り下げた。委員の意見や方向性がおおむね一致するテーマもあった一方で、「勤務間インターバル制度の義務化の有無」などについては見解に相違がみられ、活発な議論が展開された。
この日の議論で特筆されるのは、第2回会合(2月21日)と第7回会合(5月10日)でもテーマとなった「副業・兼業の場合の割増賃金の通算のあり方」で、委員の見解としては「健康確保のために労働時間の通算は必要だが、割増賃金は必要ない」「割増賃金からスタートする人が同じ職場にいるのは、雇用する側にも働く人にも壁になっている」など、現場実態に照らした意見が聞かれ、働き方が多様化する中で現行制度では実効性が乏しいとの指摘が挙がった。
荒木座長も自身の研究を踏まえて「EU各国では使用者が異なる場合にそもそも労働時間を通算しない。通算する国でも健康確保のための通算であり、割増賃金について通算していない」と解説した。健康確保としての通算についても、超過している人に誰がどのような指導、対応をするのかなど課題が浮き彫りになった。同研究会が着目しているテーマの議論は、経団連や連合などのヒアリングを挟んで事実上2巡した。年内をメドとする報告書の取りまとめに向け、議論は佳境に入っていく。
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