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2017年1月 7日

<特別寄稿>大阪大学大学院法学研究科教授 小嶌 典明さん

続・「同一労働同一賃金」について~公務員にとっては他人事の世界~(7・完)

Ⅴ まとめにかえて――自分にできないことは他人に強制しない

 仮に公務員に対しても労働契約法やパートタイム労働法が適用されていたら、「同一労働同一賃金ガイドライン案」も、こんな内容にはならなかった。ごく一部の例外を除けば、公務員にはできないことばかりが書いてあるからである。

iskojima.jpg 例えば、ガイドライン案には、「病気休職」について、次のように指摘する箇所がある。「無期雇用パートタイム労働者には、無期雇用フルタイム労働者と同一の付与をしなければならない。また、有期雇用労働者にも、労働契約の残存期間を踏まえて、付与をしなければならない」。最近の流行語でいえば、「おまいう」の典型ということになろう。

 ガイドライン案を決定した「働き方改革実現会議」には、国立大学(東京大学)の教授が2人も有識者として参加しているのに、異論が出なかった(むしろ会議の方向をリードした)というのも、解せない。法人化後、労働関係法令の全面適用を受けることになった国立大学にとっては、まさに他人事ではないからである。

 公務員の職場と同様、国立大学では、常勤職員であれば、採用後間もない時期であっても、年次休暇が取得できるのに対して、同じ職場で働く非常勤職員は、採用後6カ月以内は休暇が取れない(欠勤で処理される)。こうした状況に不満をいだく非常勤職員も多く、人事担当者は対応に苦慮しているという。

 他方、国立大学では、公的な外部資金によって研究を行うケースが急増する傾向にあるが、非常勤職員が年次休暇を取得した場合には、経費としての支出を認めない外部資金もなかにはあると聞く。また、外部資金は、期間を限って支給される資金であるため、資金を活用した無期雇用を前提とする常勤職員の雇用ができないことは、いうまでもない。

 年次休暇の取得(法定外年休を除く)は、労働基準法の問題と解されたためか、ガイドライン案でも、これに言及した箇所はないものの、年次休暇ですら、このありさまなのだから、後は追って知るべし。ガイドラインがこのまま国立大学にも適用されるようなことになると、どこの大学も一大パニックに陥る。それだけは、確実といえる。

 確かに、現行制度には、改革(改善)の余地はある。しかし、改革には時間がかかる。例えば、同一労働同一賃金以前の問題ではあるが、給与法の昇給規定(現行8条6項)に「その者の勤務成績に応じて」昇給を行う旨の文言が入ったのは、2005年(06年4月1日施行)。以来、約10年しか経っていない。

 これを受けて、国立大学でも、給与規程や給与規則の改正が実施されたものの、いまだに定期昇給に近い昇給が行われている(注1)。教員の昇給については、その勤務成績さえ反映されることはない。勤務成績が良いか悪いかを判断するための評価を事実上行っていないのだから、当然ではある。

 こうしたなか、勤務先(大阪大学)では、非常勤職員について、病気休暇の日数を30日に延長する(注2)一方で、常勤職員についても、法人化のタイミングで、病気休暇中の給与を無給化することを、就業規則の本則では規定した。とはいえ、現在なお、後者については、「当分の間」これを有給とする経過措置を定めた規定が附則には残る、という状況が続いている(注3)

 したがって、他人様(ひとさま)のことをどうのこうのといえるような立場には、筆者もない。ただ、「自分にできないことは他人に強制しない」というのは、この社会で生きていくための最低限のルールではないか。このルールに反するような振る舞いは、身勝手にすぎる。せめてガイドラインの内容は、公務員や国立大学であっても、そして民間企業においても実現可能なものとして欲しい。筆者の願いもまた、この一点に尽きるといってよい。 (おわり)
 

注1:国家公務員の例に倣って、大半は「勤務成績が良好(注:標準を意味)である職員」として、毎年1月1日に4号俸昇給させるのが実態となっている。なお、「勤務成績が極めて良好である職員」(5%)に対しては8号俸、「勤務成績が特に良好である職員」(20%)に対しては6号俸、それぞれ昇給させるものとなっている。拙著『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社、2015年)70~72頁を参照。
注2:「国立大学法人大阪大学非常勤職員(短時間勤務職員)の労働時間、休日及び休暇等に関する細則」8条1項1号(業務災害については90日とする)を参照。なお、ここにいう「短時間勤務職員」とは、週の勤務時間が30時間以下の者を指す(ちなみに、大阪大学では、常勤職員の勤務時間を週40時間としている)。
注3:「国立大学法人大阪大学教職員の労働時間、休日及び休暇等に関する細則」9条1項1号、同条2項および附則第2項を参照。なお、大阪大学の場合、法人化以降は、常勤職員についても、傷病休職1年目から給与を不支給としている。「国立大学法人大阪大学教職員給与規程」41条2項を参照。その結果、常勤職員については、傷病休職となった時点から、国家公務員共済組合によって、傷病手当金の支給を受けることになる。こうした無給休職と傷病手当金(傷病手当金附加金を含む)の関係については、前掲『法人職員・公務員のための労働法72話』95~96頁、103~106頁を参照。

後記)本稿で引用した法令や就業規則その他の資料(拙著を除く)は、すべてインターネットを通して公表されている。そこで、ネット検索が容易になるように、タイトルについては、その全文を示すこととした。
 

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「同一労働同一賃金」について
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3 ヨーロッパの模倣――有期・パート・派遣の共通ルール(6月8日)

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5 まとめにかえて――賃金制度の現状と「同一労働同一賃金」(6月10日) 


小嶌 典明氏(こじま・のりあき)1952年大阪市生まれ。神戸大学法学部卒業。大阪大学大学院法学研究科教授。労働法専攻。小渕内閣から第一次安倍内閣まで、規制改革委員会の参与等として雇用・労働法制の改革に従事するかたわら、法人化の前後を通じて計8年間、国立大学における人事労務の現場で実務に携わる。
  最近の主な著作に、『職場の法律は小説より奇なり』(講談社)のほか、『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)、『国立大学法人と労働法』(ジアース教育新社)、『労働法の「常識」は現場の「非常識」――程良い規制を求めて』(中央経済社)、『労働法改革は現場に学べ!――これからの雇用・労働法制』(労働新聞社)、『法人職員・公務員のための労働法72話』(ジアース教育新社)、『労働法とその周辺――神は細部に宿り給ふ』(アドバンスニュース出版)、『メモワール労働者派遣法――歴史を知れば、今がわかる』(同前)がある。

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